92.7.11   私と芝居

久しぶりだった。役者の熱っぽい演技と飛び散る汗。観客の熱気、喉を
突くような乾いた空気・・・。私は学生時代の4年間、ほとんどの時間
を、この空間で過ごした。まるで故郷に帰った時のように、なつかしさ
で胸がいっぱいになった。
先日、銀座セゾン劇場で、つかこうへい演出「飛龍伝'92」を観る機会
があった。テレビ局の仕事に就いてからは、劇場から足が遠ざかってい
たので、芝居を観るのは約1年ぶり。この1年間は、何となく劇場へ行
くきっかけを失ってしまっていた。芝居への情熱がなくなってしまった
せいだろうか。
そもそも、大学は演劇評論家になるために、演劇専攻を選んだのだが、
すぐに、自分が演じることへの魅力にとりつかれ、年に4本の芝居に出
演し、月に15本以上もの芝居を観た。今、考えると、タフというか、
無謀というか・・・。シェークスピアはもちろん、歌舞伎、狂言、ミュ
ージカル、小劇場。手当たり次第という言葉がピッタリだろうが、ジャ
ンルを問わずに何でも観に行き、チャンスがあれば、どんな作品にも参
加した。
だが、演劇はたった1〜2時間の間に、1人の人間の人生を演じるもの
である。等身大の私からは大きくかけ離れた1人の人生。それを演じ、
1つの作品とするまでには大変なエネルギーが必要である。 1本を創り
上げるだけでも大変なものを4本も手がけ、24時間とにかく様々な作
品を見続けるうち、私は自分が本来、演劇に対して求めていたものを見
失ってしまった。
大学卒業後、この世界から遠ざかると、私と芝居の間にはさらに大きな
隔たりがあった。何かを演じる、という感覚を忘れたかったのかもしれ
ない。ところが、「飛龍伝」を観ていて、もうすでに、自分が観客の1
人として、純粋に芝居を楽しんでいる事に気がついた。自分の職業と言
えるものができて、演劇を冷静に、客観的に見られるようになったから
だろうか。
今では劇場は、私にとって”心の故郷”。これからは、1人の観客とし
て演劇を愛し、接していこうと思っている。