第1話〜貧乏アナウンサーから見る金持ちとは?貧乏バックグラウンド〜

斎藤アナ「今、”時代は貧乏”ですよね、梅津さん」

梅津アナ「あのね、まず我々がどういう人を金持ちと認識するか。そのレベルを明らかにしておきたいんだな。俺の場合は、中学高校から私立に行く奴。おやじが月々のサラリーをちゃんと持って帰る。あと、突然遊びに行ってもちゃんとお菓子が出てくる家に住んでいる。(参加者一同”ハ〜”)この三点だけでもう、金持ち。」

斎藤アナ「じゃ、僕はその基準を言うためのエピソードを一つ。私、中学生の時、生徒会長をやっていました。で。毎年恒例の行事として年末になると”歳末助けあい運動、赤い羽募金”を生徒会として集める。役員なんかが学校の入り口とかで”募金、お願いします”と言うわけです。でも、所詮中学生だから集まらない。皆で”あ〜、集まらない。どうしよう・・・”と言っている所で。俺がおもむろに千円札を出して”俺が千円入れよう”と」

梅津アナ「それじゃ、金持ちじゃん」

斎藤アナ「そう。で、入れるんです。で”お〜、会長さすが〜”それを勢いにして、他の連中が職員室とかに行って先生達に”会長も千円入れたんですから。”と言って募金が集まる。で、皆から尊敬を一身に受ける!しかし!その裏には大きな秘密が!!例え、千円出したとしても。うちは。その集まった募金を受け取る給付対象家庭だった!(一同”オ〜戻ってくる?!”)

梅津アナ「共同募金をもらえる、って相当な貧乏だよな。」

斎藤アナ「だから、僕の金持ちの基準は”集まった募金をもらわない家庭”うちは三千いくらだかをもらえるってわかっている訳なんです。でも、周りには決して言わないで、何事もないように千円を出して尊敬を受けているけれど。実はその3倍くらい戻ってくる、と。」

梅津アナ「ちなみに斎藤家っていうのは、生まれついての貧乏だったの?」

斎藤アナ「収入という意味では生まれついての貧乏でしたね。」

梅津アナ「貧乏のきっかけっていうのはあったの?」

斎藤アナ「そういうのがもらえるきっかけっていうのは。僕が子供の時に父親が死んじゃったから。ああいう募金っていうのはいわゆる母子家庭・父子家庭。あとは収入の少ない家庭。そうすると完全に収入が少ないですから。で、立派な給付対象家庭!」

梅津アナ「うちの場合は、”没落型貧乏”って言って。俺が小学校低学年の頃までは、父親は大手婦人服のチェーン店の店長をやっていて。お店の2階には、部屋3つにダイニングキッチンと応接間があって、でサービスルームみたいのもあって。凄い立派な家に住んでいたんだ。でも突然、親父が左遷されたらしいんだ。それに怒って辞表を提出して、喫茶店を始めた所から没落し始めて」(一同”かっこいいパパじゃない”)「ここだけ聞くとかっこいいんだけれど、その後の生活を考えると決してかっこよくないんだな。そういう豪華な家から、いきなり!壁なんか溝ネズミ色でそこいら中にヒビが入って”築100年みたいなそういう家に引っ越して。親父は喫茶店を始めたんだ。で、喫茶店だからさ。食パンなんかを1斤2斤じゃなくて1本単位で仕入れるでしょ。それをスライスすると、端っこの耳の部分は商品として出せない。その耳はどうするか?と言うと?!1週間分を袋にまとめておいて、土日になると、それが家の昼食や夕食になるわけだ。」

斎藤アナ「ク〜〜〜!!!」

梅津アナ「だからさ、土曜日昼に帰るとまず、パンの耳のトーストが昼食で出てきて、3時になるとおやつが出てくるんだけれど、それもパンの耳を揚げて砂糖をまぶした物で、ってこんな食生活だったんだな〜。」

斎藤アナ「梅津さん、ここまででもう、3人(茅原アナ、八塩アナ、編集長)引いちゃいましたよ。引くにはまだ早いですよね。まだ導入部・・・。」

このバトル、これからさらなる盛り上がりを見せるのであるが・・・。
それは次回のお楽しみに・・・。
乞う、ご期待!!

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