511 10th St.NW
Open Hours9:00-17:00(Every Day)
ただし、昼の公演のある日は、見学は昼まででClose
(202)426-6927
More Info Ford Theatre
More Info Petersen House
フォード劇場というのは今でこそ通常の公演が行われていますが、ある大事件の現場だったため、しばらく閉鎖されていた所。その事件とは・・・。第16代大統領エイブラハム・リンカーンの狙撃、暗殺。現在は劇場の地下が博物館になっていて、リンカーン暗殺について、その資料が展示されています。今日はここを見てみましょう。
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フォード劇場(Ford Theatre)
南北戦争終結後間もない1865年4月14日の夜。当時の大統領エイブラハム・リンカーンはフォード劇場に妻のメアリーと二人のゲストを伴い出かけました。劇場に到着したのは夜の8時30分。この夜の演目は”Our American Cousin”大統領一行は舞台に向かって右サイドのバルコニー席に座って芝居を観劇していました。

リンカーンが観劇していた席を下から見上げるとこのような感じ。
その席に突然入ってきたのがジョン・ウイルクス・ブース。(写真右)ブースは役者だったため、劇場への出入りを怪しまれなかったのです。ブースは、南北戦争に於いて南軍を苦しめた元凶はリンカーンにあると思いこみ、リンカーンを暗殺しようと計画を練っていました。この日までにも何度か試みていたようですが、未遂に終わり、そして南軍の全面降伏・・・。南軍派のブースの怒りはどれほどのものだったのか・・・。実行の日がまさしくこの日。

ブースの狙撃位置からバルコニー席を見るとこのようになります。写真左の椅子にリンカーン大統領が、その隣にはメアリー夫人が。そして右二つの席にゲストが座って観劇していました。(当時のメアリー夫人の椅子は木の椅子だったようです)

リンカーン大統領が撃たれたのはこの銃。後ろにちらっと見える白い板は当時のバルコニー席の扉。(現在は扉は外されて、プラスチックの板越しに席を見られるようになっているのです。これらは地下の博物館に、当日大統領が着ていたコートや血のついた枕などと共に展示されています。(銃以外のものは、ちょっと生々しいので撮影しませんでした)
大統領を狙撃したブースは、そのまま、バルコニー席から舞台にナイフを片手に飛び降りました。(写真左)この劇場は現在一般的な劇場ほど、舞台とバルコニー席の高低さがありません。だからこうして飛び降りる事も出来たのでしょう。(でも、この着地の時、左足を多少怪我したようですが)

(逃走経路は写真左)ブースは一路、彼の事を英雄として迎えてくれると考えた南へと向かいました。途中、武器を新たに入手し、医師の元に立ち寄って足の治療を受け・・。実に暗殺から12日間もの間(4月26日まで)ブースは逃走し続けました。逃走を手助けした人物達は皆、つかまったようです。ブースは4月26日にGarrett's
Farmという所で殺害されました。
後頭部に至近弾を受けたリンカーン大統領は、劇場からそれほど遠くないホワイトハウスに戻ることも出来ないほどの重傷を負っていました。そこで、運ばれたのが劇場の向かい側にあった小さな民宿、ピーターセンハウスなのです。
ピーターセンハウス
フォード劇場で狙撃されたリンカーン大統領は、すぐさま、このピーターセンハウス(写真左)の2階奥の寝室に運ばれました。身長が195センチちかくあったリンカーン大統領にはこの宿のベットは小さく、(私にちょうど良いくらいの大きさでした)大統領はベットに斜めに寝かされました。ここで大統領は、翌日の1865年4月15日午前7時22分に息をひきとったのです。このピーターセンハウスでは、メアリー夫人と長男が大統領の無事を祈りながら一夜を過ごした部屋、陸軍大臣がブースの逮捕状などを書いた部屋、そして大統領が息をひきとったその部屋も見学出来ます。ここは、大統領が最後を迎えた部屋にしてはあまりにも質素な事に驚かされます。しかも、一説によれば、このリンカーンのいた寝室、実は、その数日前に暗殺犯ブースが泊まっていた部屋だとのこと。被害者と加害者が数日の間に同じベットに横たわることになったとは、何とも言えない感があります。