第1話〜小僧をもったとうちゃんの苦悩序曲〜
1997年6月17日に僕は父親になった。と、書き始めてはみたものの、その日の実感と
しては「妻が子供を産んだ」と言った方が正しい。この文章を書いている今現在、息子
は生後78日が経っているが、いまだに「とーちゃん」というのが果たしてどういうもの
なのかがよくわかっていないのだ。
息子の現状であるが、当然ながら「アー」とか「ウー」とか「ウックーン」といった意
味のない音声を発するか、ひたすら怪獣のように泣き叫ぶか、かーちゃんのオッパイを
飲んでいるか、寝てるかという生活をしている。不満があれば泣き、面白ければ笑うと
いう甚だシンプルな感情表現をしているわけだが、なにせ日本語が通じる相手ではない
ので何が不満なのか、何が面白いのかがさっぱり把握できないわけだ。

生まれて間もない頃は、そんなにけたたましく泣く子ではなく、気が付くと「フニ、フ
ニ」なんて言いながら顔をクシャクシャにしていたのだが、そんな程度でも泣いている
という事実がどうにもこうにも可愛そうに思えるうえ、近所から乳児虐待のあらぬ疑い
をかけられても困るので、「かーちゃん、乳やってくれ、乳!」と、すぐに妻に助けを
求めて泣きやませていた。そのせいかどうかはわからないが、今や息子は二ヵ月にして
7000gを超えるでかベビーになってしまった。それも角度によってはヤンキースの伊良
部に似ているという困り果てたでかベビーなのである。
したがって「子供が生まれたっちゅーから久々に電話でもしてみっか」なんていう友人
から、「で、どっちに似てんの?」ときかれると返答に困るのだ。
「まあ、野茂よりも伊良部に似てるかな?」
としか答えようがない。何せいまだに僕に似ているのか妻に似ているのか自分ではよく
わからないからだ。
そういえばドラマなどで『子供が生まれた』という場面では必ず看護婦さんが
「まあ、パパそっくり」
だの、
「口元なんかママと同じね」
なんて言っているが、本当にそんなことがわかるのだろうか?
僕は最初に息子の顔を見たとき、そのあまりのしわくちゃの猿顔ぶりになんて言ったら
いいのか言葉を失ってしまった。そんな状況の中で看護婦さんに、
「まあ、パパそっくりね」
なんて言われていたら僕は間違いなくその看護婦に飛び蹴りを食らわせていただろう。
その頃は人に「どっち似だ」ときかれると、
「まあ、ジャワ原人よりも北京原人に似てるかな?」
と虚しく答えていたのだが、新生児室を見渡して見るとどの子も似たようなもので、
どんなに進化しているように見えてもせいぜいクロマニヨン人どまりであった。
僕は、「これから先誰に子供が生まれようとも、どちらに似ているか即断するのは命を
落とすことにもなりかねないぞ」と思ったのであった。
そうはいっても息子はやはり僕と妻の合作である証をいくつか持って生まれてきた。一
番哀れなのはつむじの数で、頭のてっぺんにクッキリと渦巻きふたつ、さらに額の生え
際にささやかな渦巻きがひとつのあわせてみっつもつむじがある。これは見事にとーち
ゃんからの遺伝である。しかし、とーちゃんが靴のサイズ24.5cm、手のひらの中指の先
から手首までが17.5cmという『小足小手男』であるのに対し、息子は会う人会う人が驚
愕の声をあげるほどの『でか足でか手男』であり、生まれた瞬間に看護婦さんに「この
子は大きくなるわねぇ」と言わしめている。こちらのほうは一般女性と比べると明らか
に一回りサイズが大きい妻から受け継いでいる。妻の名誉のために付け加えておくが、
妻はやみくもにでかいわけではなくバスケットボールの元日本代表選手なのである。

生まれる前に用意しておいた新生児用の肌着が、すでにボディコンピチピチ状態になっ
て、まだしばらくは着られないだろうと思っていた服が続々と登場するようになった。
息子がまだお腹の中にいた頃、妻が、
「生まれてくるときはかーちゃん大変だからあまり大きくならないでね。生まれてきて
から大きくなりなさい」
と、お腹をさすりながら話しかけていた。もしかするとこの小僧は妻の言うことをちゃ
んと聞いていて、そのとおりに育っているのかもしれない。
(1997.9.4)
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