小僧物語・第11話
〜子育てしやすい街を作ってくれ!
11月17日で詩央は丸5ヵ月になった。わが家には赤ちゃん用の体重計がないので現在の正確な体重はわからない。しかし、僕がすっぱだかになって体重計に乗った後、詩央をだっこして再び乗るという方法でおおよその体重を予測することができる。その誤差はぴったり10キロであった。詩央のおむつと服の重さを差し引いても10キロにかなり近いところにあるということになる。最近抱きあげるのがどうりでつらいわけだ。
ひところ締まりかけてきた体型も、このところまた丸みを帯びてきてしまい、先日松戸の「21世紀の森と広場」に行って撮った写真が若乃花にそっくりだった。妻は、
「花田勝く〜ん!」
と、なぜか若乃花の本名を呼んではしゃいでいたのだが、なるほど、「若乃花く〜ん」と呼ぶよりも「花田勝く〜ん」と呼んだ方がそこはかとない可笑しみが感じられてよい。それにしても伊良部に似てると書いたり若乃花に似てると書いたり、あまり二枚目に例えた試しがないが、ここで詩央の顔の移り変わりをまとめてみると次のようになる。
☆生まれてすぐ・・・ご多分にもれずおサル
☆1ヵ月後・・・異常に太って伊良部
☆2ヵ月後・・・依然として伊良部
☆3ヵ月後・・・伊良部ではないにしてもデブ
☆4ヵ月後・・・なぜか左とん平
☆現在・・・若乃花
やはりこんなもんだ。しかも思いっきり顔をしかめて泣くと鈴々舎馬風師匠に似ているというおまけつきである。だが、そういう息子に対し僕は「かわいいねぇ」などと言いながらチューしてるわけだから、僕は伊良部や左とん平や若乃花、馬風師匠のことも「かわいい」と思っているのだろうか。

いかん、今回はこんな話を展開しようとしていたわけではなかったのだ。『街づくり』の話である。やはりこの国の『街づくり』というのは基本的に普通に二本足で歩ける人を中心に進められていて、普通に二本足で歩ける人はそうでない人のことをあまり考えてはいなんだなぁ、と、ベビーカーを押すようになってしみじみと感じるのである。

僕が今住んでいるのは常磐線各駅停車の北小金駅から歩いて7分ほどのところである。柏レイソルでおなじみの柏駅から上りで2つ目の駅だ。もともとは東京の新小岩という下町に住んでいたのだが、結婚して移り住んだ。妻が所属していた実業団のバスケットボールチームの体育館が近くにあって、結婚後福島国体に出場することになっていた妻が練習するのに便利だったからである。
北小金には学生時代からの親友が住んでいて、僕もそれなりになじみのある町だったのだが、学生時代と比べると北小金駅前の様子はガラリと変わっている。駅前にはド〜ンと『SATY』がそびえ立ち、バスロータリーも整備され、駅の改札から伸びる歩道橋はSATYの二階の入り口に直結している。歩道橋からSATYの二階と別館の二階に入る階段の脇にはスロープが設けられているので、ベビーカーでも楽々出入りできる。しかし、便利に出来ているのはそこだけ。他は階段のみ。つまりベビーカーを押したままで駅に入るためには一度SATYに入って二階まで行き外に出るしかないのだ。もちろんそんな遠回りをするようなやつは見たことがない。
SATYは肝心の一階正面入り口にも階段しかない。脇の入り口や裏手はフラットなので、そちらに回って下さい、ということなのだろうが、脇の入り口前の歩道は日中自転車に埋め尽くされているのでベビーカーは難渋する。車椅子だったらほとんど通行不可能だろう。それでも駅前はまだましで、問題は『スーパーマツモトキヨシ』に向かうときに深刻化する。
『マツモトキヨシ』の前の通りは端っこに路側帯がついているだけの狭い道だが、国道6号線に近いため大型車の通行も多い。路側帯を存分に使えればそんなにヒヤッとすることもないのだが、そこに堂々と違法駐車しているバカタレがなんと多いことか。おかげでベビーカーと僕は車道にはみ出して通らなければならない。すると車が「邪魔だ」と言わんばかりにクラクションを鳴らす。詩央はびっくりして泣き出す。とーちゃんは「ふざけんな、バカ」と怒鳴る。さらに詩央は泣き声を大きくする。かーちゃん不機嫌になる。という悪循環にはまる。
また、せっかく歩道が設けられている道でも、歩道に乗り上げて車を停めているくされバカがいる。ベビーカーは歩道を通れない。車道におりる。すると車が「邪魔だ」と言わんばかりにクラクションを鳴らす。詩央はびっくりして泣き出す。とーちゃんは「ふざけんな、バカ」と怒鳴る。さらに詩央は泣き声を大きくする。かーちゃん不機嫌になる。という悪循環にはまる。う〜ん、コピー&ペーストは便利だな。ともあれこういうハタ迷惑な路駐をしている車に対しては叩きつぶそうがなにをしようがかまわんという法律が出来ないものかと、ベビーカーを押しながらただならぬ憤りを感じるのだ(叩きつぶす力はないけど)。ちなみにそういうジャマ臭い車の中に人がいる場合、僕は大声で「ジャマなんだよ、バカ」と言いつつ睨みを効かせて通り過ぎることにしている。かれこれ十数年殴り合いの喧嘩などしてないが、僕の再デビュー戦はきっとこういうくされバカドライバーが相手になるだろうという見方が大勢を占めている。

それにしてもベビーカーを使ってお出掛けすると、あちこち不便なことだらけなのだ。北小金駅の改札も自動化されたおかげで、とーちゃんは子供をだっこしたまま膝だけを少し折って切符を投入せねばならず、かーちゃんは折り畳んだベビーカーを小脇に抱えたまま通り抜けねばならない(ちなみにわが家のベビーカーはA型という大きいタイプ。小さめのB型なら押したまま自動改札を通れる)。駅員がいる改札口にも開閉式の扉が設けられていて、『裏が白いキップを持ってる人しか通ったらダメなんだからな!』と喧嘩腰にアピールしている。僕が朝の番組の担当なのでわが家は二人攻撃が出来るが、一般家庭の奥様でA型ベビーカーを使っている人は一体どうやってこれを一人でクリアしているのだろうか?未だにそういう現場には遭遇していないのだが、ぜひ拝見したいものだ。
無事に改札を抜けたあとも、ホームに行くには階段しか手段がない。車椅子の人は誰かの助けが必要になるが、先日新聞にどこかの駅の駅員が「我々にはそんな義務はない」とかなんとか言って断わった、という気持ちが寒くなるニュースが出ていたな。
電車に乗ったら今度は『高齢者、障害者、妊婦、子連れ優先席』に堂々と座っているバカにむかつく。あっ、あまり関係ない話だけど、思い出したから書いてしまおう。先日こんなことがありました。
混んではいないが座席は埋っているという状態の電車の中で僕は座っておりました。そしたら目の前に4才くらいの女の子を連れた杖をついたじいさんが来ました。そこは優先席でも何でもない席でしたが、僕は人道的援助の観点からその人に席を譲りました。そのじいさんは子供を膝の上に乗せて席に着きました。そこから5つ目の駅でじいさんは子供を連れて降りました。すると空いた席に、テニス帰りとおぼしき若い女がめざとくするどく座りました。そのとき僕の横にはお腹の大きい妊娠8ヵ月には達しているであろう女性が立っていました。で、そのテニス女は妊婦のお腹をジーッと見つめ続け、別に寝たふりするでも気付かなかったふりするでもなくジーッと見続け、相変わらずそこに座っているのでありました。テニス女は全く何も感じなかったんでしょうか?

で、話は元に戻るが、電車に乗って目的地が我孫子の手賀沼公園だったりするともう最悪なのだ。我孫子駅から手賀沼に伸びる道には狭くてデコボコの歩道が途切れ途切れに付いているだけで、おまけに例の歩道乗り上げ駐車もあったりする。ほとんど暴力的にベビーカーや車椅子を手賀沼公園から排除しようとしているんじゃないかと疑ってしまうほどだ。しかも長い坂道だからなお体力を使う。北小金のことを棚にあげて、我孫子の人は大変だなぁなどと同情してしまう。ちなみにテレビ東京の斉藤一也アナは我孫子在住でもうすぐパパになる。苦労しなさい。
いまだに母が住んでいる新小岩に行っても、やはりベビーカーを押して歩くのが大変な町だと思った。新小岩みたいな中途半端な下町は昔ながらの狭いゴチャゴチャした町並が中途半端に残っているからなおさら厳しい。今さら駅周辺大規模再開発なんてもう出来ないだろうから、新小岩はこの先未来永劫人力車関係に厳しい町なんだろう。出身地を悪く言うのもなんだが、歩き煙草率も異常に高い下品な町なので、灰がベビーカーに降りかかりはしないかという心配も出てくる。駅前の商店街の中も、『自転車は降りて通行して下さい』というお願いを聞き入れる人などほとんどなく、目的の店目がけてベビーカーの前を急ハンドルで横切っていく人もいる。僕があれだけ愛していた町も、離れてみるとガラの悪さと町の冷たさばかりが目についてしまう。
しかし、今住んでいる北小金駅前のようにせっかく新しく整備されたところでも、結局は整備の計画者に「車椅子の人が通ったら」とか「ベビーカーが通ったら」という想像力が決定的に欠けているから優しい街作りが出来ないんだろうな。みんな自分は絶対に車椅子の世話になることはないと確信しているんだろうか。電車で会ったテニス女も、自分は子供生まないって決めてるのか、あるいは自分もいつかは妊娠してああいう大きなお腹を抱えて歩くようになるということを想像できない人なんだろう。詩央には想像力の豊かな人間に育ってほしいものだ。 (1997.11.19)
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