小僧物語・第12話

          〜離乳食をめぐる小僧と親の攻防〜

 5ヵ月になって迎える一世一代の晴れ舞台といえば、なんと言っても『離乳食デビュー』である。これはもう親にとってはサッカーの日本代表がフランスワールドカップの出場権をかけて戦った試合なんかより期待と不安と緊張と興奮と歓喜が入り乱れた世界なのだ。

 離乳食デビューに先立ち、4ヵ月頃からまず詩央のイメージトレーニングを始めた。すなわちとーちゃんやかーちゃんが食事をするときはどちらかが詩央を膝の上に乗せて抱き、片手しか使えないというはなはだ不自由な状況のなかで食事をすすめるのである。イメージトレーニングとはいいながらも、その実態は単に小僧をほったらかしてとーちゃんとかーちゃんがメシを食っているとうらめしそうな目付きでグズるから、仕方なくそうしていただけなのである。ものはついでということで、

「ショーン、これがごはんだ。こうやって箸でつかんで『アーン』して、口に運んで、ホーラ、モグモグ。うーん、おいしいおいしい」

「ほら、かーちゃんなにしてる?おさかな食べてるねぇ。おいしいおいしい」

などといちいち「おいしいおいしい」を連発しながら、詩央に『飯を食う』という生物の基本的な行動及びその楽しさを教えてやった次第だ。

 なにせ胃に収めるものといえば、かーちゃんのおっぱいか果汁、湯冷まし、スープという生活で5ヵ月も生きながらえてきた男なのだ。世の中にはそういうもの以外に『食べ物』があるのだ、ということと、『食べ物』というのはこうやって食べるのだということ、さらに『食べ物』とはおいしいものなのだということををわからせなければ、5ヵ月になったからといっていきなり離乳食を与えてもとまどってしまうだろうという思いも、まあ、あることはあった。

 詩央の場合は幸か不幸か哺乳瓶が大嫌いだったため、スプーンには慣れていた。哺乳瓶から飲まない子の場合はスプーンを使って飲み物を地道にひとさじひとさじ与えなければならない。僕は気が短いので、詩央4ヵ月のある日に文字どおりさじを投げて、コップを詩央の口に直接持っていった。大人と同じようにコップからグビグビ飲ませようとしたのだ。「絶対無理だろうな」と思っていた僕の予想を詩央は見事に裏切り、舌を器用に使ってコップから直接グビグビ飲んでしまったのである。しかし、いくらなんでもそれじゃ何かのはずみでコップの中のものが大量に詩央の口に流れ込むこともあろうと、これまたダメモトでストローを使ってみた。はたして詩央は4ヵ月にしてブリックパックのジュースをストローで飲み干す男になった。


 そんなわけだから、詩央の場合はかーちゃんの乳や哺乳瓶の乳首以外にも道具を使って物を口に運ぶことに抵抗のない小僧になった。そこにきてこのイメージトレーニングである。とーちゃん、かーちゃんがうまそうに次々と物を口に運んでいるのを目のあたりにして、「ウーウー、アーアー」とうめきながら手を伸ばして、箸を持つとーちゃんやかーちゃんの手をムンズと掴み、自分の口に持っていこうとするようになった。のみならず食卓の上の茶碗や味噌汁にまで手を出すようになったので、小僧の手の届かないところに食器を置かなければならず、片手食事はさらに困難な状況になってしまった。

 そしていよいよ離乳食デビュー直前!という11月19日に、妻は市の保健センターに出掛け、離乳食教室に参加したのであった。子供のことには何にでも首を突っ込みたがる僕としては何としもこの離乳食教室に行ってみたかったのだが、残念ながらその日は昼までかかるナレーションの録音があったので行けなかった。しかし考えてみると世の正しいおとうさん達は、平日の昼間に育児関連の行事があっても「参加したい」という気持ちになることはないのだろうなぁ。始めから無理な相談なんだから意識にすらのぼらないのかもしれない。

「いやいや、私は子供に関わることなら何にでも参加したい!と常々思っている!」

と言う方もいるだろうけど、

「部長、今度の水曜日なんですが、赤ちゃんの離乳食教室に参加したいので、有給ください」

って言える人はどれだけいるのだろうか?おそらく言い出したくてもこの日本の会社主義的風土の中で言い出せずにいる人がほとんどだろう。

 しかし、ご同輩!世は『少子高齢化社会』である!高齢者が増える一方で子供がまるで増えないのである。『払い捨て』になるかもしれない年金を僕らは毎月毎月払っているのだ。そして、

「子供の離乳食ごときで休もうとは何事か!」

と部下を叱り飛ばす人々が年をとったときに、働いて年金を払っているのは僕らであり僕らの子供たちなのだ。出産・育児で休みをとるのに何のためらう必要があろうか!法律でも労働者は男女を問わず育児休暇を取っていいことになっているのだ!会社は出産・育児関連の手当て並びに休暇制度を早急に充実させ、国はスウェーデンのように働くとーちゃんには育児休暇を義務付けよ!と、なんだか労働組合のビラのような文章になってしまったが、このへんの話になると「育児休暇をとりたい」と言いだしたがために精神的ふくろ叩きにあった僕の個人的な怨念が蘇ってしまうのでお許しを。でも、子供が少なくなる、というのは国としての存続の危機につながる、というのは間違いのないことだ。


 気が付けば離乳食から国の存亡に話が発展してしまったが、とにかく妻は離乳食教室へ行った。小学校の家庭科実習室のような部屋の前に立った保健婦さんが、

「あら〜、今日はたくさんいるのねぇ」

と驚くくらいに、その日の参加者は多かったようだ。

 で、僕は実際に離乳食を作れるものだと思っていたからその教室に参加したかったんだけど、な〜んとなんと、保健婦さんが作っているのをただひたすら見て、一口ずつ試食するだけのことであったそうだ。というわけなので、皆さん、部長に刃向かってまで参加することはないです。離乳食って味ないから。

 離乳と一口に言っても段階があって、始めの1ヵ月ぐらいはドロドロでゴックンと飲み込めるもの、徐々にベタベタの舌でつぶせるようなものに移行していき、さらに歯茎でつぶせるようなものから歯茎で噛めるものへ発展していくのだそうだ。その行程、ほぼ10ヵ月の道のりである。もちろんその間かーちゃんは与える乳の量を調整していかなければならない。

 そしてその始め一歩となる『離乳食直前!短期集中トレーニング』として、詩央には煮リンゴのペーストを2日間食べさせた。リンゴ果汁で慣れている味だったためか、バクバク食いまくった。本当は初めて食べさせるものはひとさじ、ふたさじ与えるだけでいいのだが、

「アーアー、もっとくれ〜、ウーウー」

と、いつもの調子でかーちゃんの手をむんずと掴み、自分の口に持っていこうとした。それでもかーちゃんが抵抗を示すと、『泣く子と地頭には勝てない』という古くからこの国に伝わる言い回しを遺伝子が記憶しているかのごとく、

「ホゲ〜ッ!」

と泣き叫ぶのであった。

 3日目にはすりつぶしてフエキのり状になったおかゆに登場いただいて、念願の穀物デビューとあいなった。さすがに食べ慣れないうえに味気ないものだから、スプーンをねじ込んでも舌で押し出してしまう量の方が多く、口のまわりは大雪の北海道のように真っ白け。しかも時間がたつとカサカサに乾燥してしまい、顔面一部地域限定ジャミラになってしまったのである。

 しかし、うちの小僧の恐ろしいところは、そんな風に拒絶の行動を示しながらも、与えるのをやめようとすると、

「アーアー、もっとくれ〜、ウーウー」

が始まり、ついには自分で離乳食が入っている容器に手を伸ばすのだ。

「おめぇ、食えねぇからやめたんじゃねぇかよ」

と文句を言いながらしぶしぶスプーンを口に入れると、やっぱり舌で押し出すのである。

 まあ、はじめはそんな態度を示すものも、2回目、3回目になるとまったく問題なく食べるようになる。自分が食べ終わっているにもかかわらず僕や妻が自分の食事をしているのを見ると、物欲しそうな目でジ〜ッとこちらをうかがっている。歯磨きして歯ブラシをくわえているだけでも、

「なんだ、なんだ、あれはなんだ?」

という顔をして僕の顔を見るようになった。

 巨大化懸念が再燃する今日この頃である。               

(1997.11.30)

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