小僧物語・第13話
〜赤ちゃん雑誌の表紙撮影は美人をも芸人に変える
詩央がついにメディアデビューを果たすことになった。なんだか御大層な書き方をしてしまったが、話はこうである。それはまだ詩央が生まれて2ヶ月たらずだった頃、会社のとある女性が僕のことを捜しまわっていた。いったい何事かと、僕はアヤしい期待に胸を膨らませて彼女との会談に臨んだのであったが、彼女が言うには、
「赤ちゃん関係の雑誌の編集をしてる友だちが、誰か子供を産んだスポーツ選手を知らないか、ってきいてきたのね。それなら梅ちゃんの奥さんがいいと思って。雑誌の表紙に出て欲しいみたいよ」
とのことであった。なーんだ、そんなことだったのか。
依頼主は『赤ちゃんとママ』という雑誌を発行している「赤ちゃんとママ社」という、会社名と事業内容が見事なまでに一致したわかりやすい出版社であった。『赤ちゃんとママ』という雑誌は、会社の健康保険組合に「子供が生まれた」と届け出たら送られてくるようになったのでまんざら知らない仲でもなかった。
妻に話をすると、
「別にいーんじゃない。面白そーだし」
と、とーちゃんの軽薄さがうつってしまったかのような調子で承諾した。そこで担当の成澤さんという女性に連絡をとってみた。その時はまだ詩央も生まれたてで撮影が大変だということで、もうしばらくしたらぜひお願いしたいということだった。
その後あれやこれやで白熱する育児に追われ、そんな話はすっかり忘れてしまっていたのだが、11月のある日、成澤さんから電話があり、
「そろそろ例の話はいかがでしょう」
ということになって、12月5日金曜日に撮影が挙行されることになった。挙行というほどのことでもないけど。

これがその掲載誌『赤ちゃんとママ』
撮影に先立って成澤さんからファックスが送られてきて、質問事項に対しての答えを記入して送り返して欲しいとのことであった。質問内容を見ると、詩央の洋服のサイズや、僕や妻のボディサイズを記入するようになっていた。撮影用に衣装を用意してくれるということである。
詩央はその頃、身長が70センチ、体重ほぼ10キロの巨大5ヵ月児であったが、服のサイズとなるとさらに大きくなる。詩央の場合は横幅があるせいか、70センチの服はまず入らない。すでに80センチの服をメインに着用していたが、それさえも物によってはお腹の回りが窮屈そうになってしまうので、新たに購入するのは90センチの服になっていた。遠くから知り合いが服をプレゼントしてくれることがあるが、標準的な5ヵ月児用の服だと、
「あ〜あ、着られないや〜」
とため息を漏らすことになる。ちなみに90センチの服っていったら標準月齢24ヵ月だぜ。そういえばまだ身長が60センチだった頃に余裕をもって70センチの肌着を買ったら無駄になってしまった覚えがある。子供服を買うときは単純に身長や月齢だけで決めないように十分注意しましょう。
詩央の服のサイズは80センチと申告して、次はとーちゃんとかーちゃんの番である。それぞれ『ご主人』『奥様』と記入する欄が分けられてはいるものの、うちの場合二人して身長と体重がほとんど同じなのだ。そもそも妻がまだ実業団でバスケットボールをしていた頃、プロフィールを見て、
「あっ、この選手、俺と身長と体重が一緒だ!」
と思って印象に残っていたくらいなのだ。そしてこちらも嘘の申告をしても仕方がないので正直に同じサイズで申告した。
さて撮影当日、僕は早朝のニュース番組を終えると一目散に家に帰って妻と二人で家の掃除に励んだ。詩央はいつもの百倍くらい機嫌がよく、とーちゃんとかーちゃんがほったらかしにして掃除していても一人でちょこんとおすわりをして、スヌーピーのプレイジムに向かい、
「ウキャ、ウキャッ。ホンゲーッ。ウクーッ」
などとわめきつつ、スヌーピーをよだれまみれの刑に処していた。これだけ機嫌がいいと、いざ撮影の時に大泣きするんではないかとかえって心配になった。実はこの前日、近所に住む会社の先輩の奥さんに、
「詩央くん、こんにちわ」
と言われてギャーギャー泣いてしまったのだ。いよいよ人見知りが始まってしまったのではないかと思っていたので、撮影にやってくる人達を見て大泣きしてしまい、撮影にならないのではないかという気持ちもあった。

特別作成付録!!パロディー版『赤ちゃんとバカパパ』だ〜。
約束の12時に成澤さん他カメラマンとスタイリスト兼メイクさんの3人の撮影隊がわが家にやってきた。成澤さんはグレーのスーツが似合う、ちょっと大人モードが入ったなかなかきれいな人であった。とーちゃんによく似た性格の詩央はおそらく成澤さん効果でご機嫌モードに拍車がかかったに違いない。見知らぬ人3人を目の前にしても泣き出すことなく、かえって「ゲヘヘ〜ッ」とバカ丸出しの笑いを浮かべ愛想を振りまいていたのである。
メイクさんは僕が送り返したファックスを見て、やはりかなり混乱したようだった。
「いやもう、5ヵ月の赤ちゃんなのに服は80センチって書いてあるし、おとうさんとおかあさんがサイズ同じになってるから書き間違えたんじゃないかって不安でしたよぉ。でも、本当に大きい赤ちゃんですねぇ。おかあさんも」
というようなことを言った。いやはや、この「大きいお子さんですね、それにおかあさんも」というセリフもさすがに聞き飽きてきたな。それから彼女は妻のメイクにとりかかったのだが、妻が化粧をするなんていうのは結婚式以来の出来事であった。妻よりも僕の方が毎日化粧しているのだから不思議な夫婦である。
そんなこんなで撮影の準備が整い、近所の公園へと繰り出した。
公園にあるスプリング式おうまさんパッカパッカマシーン(正式名称はなんていうんだろう?)にかーちゃんが座って詩央をだっこし、その横でとーちゃんがしゃがんでいるという構図が決まった。あとはカメラに向かってにっこりと営業スマイルをかませば万事OKなのだが、5ヵ月の子供にそんなこと出来るわけありませんね。詩央はとーちゃんやかーちゃんの方ばかり気にしてしまう。しかも写真撮影の必需品であるレフ板(太陽光を反射させて被写体にあてるヤツね)が眩しいらしく、挙句の果ては反転してかーちゃんにヒシッとしがみつこうとする有様である。
そこで必殺技が登場するのである。うーむ、しかしこの先の表現は難しいなぁ。でも恐れることなく書いてしまうぞ。スタッフの皆様すみません、と先にあやまっておこう。
モゾモゾと成澤さんがバッグの中から、セサミストリートの真っ赤なキャラクター人形と鈴がついたニギニギして遊ぶおもちゃ(正式名称はなんていうんだろう?)を取り出した。右手にセサミストリートの人形、左手には鈴のおもちゃを装備してしずしずとカメラの後ろに回るやいなや、
「詩央く〜ん!ホラ、これ何だ?音がするね〜、おもしろいね〜。あっ、こっちはかわいいお人形さんですね〜、ホ〜ラ、こっち見てくださ〜い!」
などと叫びつつ、両手を目一杯動かしまくり、一人鈴鳴らし人形師に変身してしまったのである。
おかげで詩央はカメラの方向にも興味を示し、成澤さんの豹変ぶりに「ゲヘヘヘェ」という笑いさえも浮かべることが出来たのだが、そのあまりの可笑しさに僕も妻も尋常でない笑顔を浮かべてしまった。
カメラさんは、
「いやあ、おとうさんもおかあさんもいい笑顔ですよ」
と誉めたたえながらパシャパシャとシャッターを切っていたのだが、それもこれも成澤さんのおかげである。僕はこの美人の成澤さんが撮影の度にこんなことをしているのだろうなぁ、と思うとどうしても笑顔がこぼれるのであった。

しかし、雑誌の写真撮影というのは、一枚や二枚いいのが撮れたからといって終わるものではないのですね。フィルムでいうと36枚取りの2本や3本は当たり前!という世界である。したがって詩央も飽きてくる。成澤さんも疲れてくる。すると次のステップに移ることになるのだ。すなわち、今までレフ板を持っていたメイクさんが、
「わたし、変わりましょう」
と言って、成澤さんにレフ板を託し、かつ自ら人形と鈴のおもちゃを受け取り、カメラの後ろに回ったのだ。
「詩央く〜ん!ホラ、これ何だ?音がするね〜、おもしろいね〜。あっ、こっちはかわいいお人形さんですね〜、ホ〜ラ、こっち見てくださ〜い!」
今度はメイクさんが一人鈴鳴らし人形師に変身して、午後のけだるい公園はあやしい演芸会場になるのであった。
(1997.12.13)
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