小僧物語・第16話
〜親父の一番長い日
1月8日、午後から関東地方に大雪が降った。その日、バスケットボールの全日本総合選手権の男女準々決勝が代々木体育館で行われ、妻が詩央を連れて出かけた。僕はお昼の『奥様プラーザ』の仕事を終えてから会場に駆けつけた。明治神宮前から体育館に向かっているときにちらほらと雪が降り始めた。
2階席の上の方に座っている妻を見つけて、
「もう雪が降り始めたよ。帰る頃には少し積もってるんじゃないかな」
と僕が言った。
妻が所属していたジャパンエナジー・サンフラワーズは順当に準決勝に勝ち上がり、このシーズンを最後に休部することが決まった男子のジャパンエナジー・グリフィンズも大和証券にきわどい勝ち方をして、最後の天皇杯奪取に一歩近づいた。
試合の合間に僕が煙草を吸いに外に出ると、あたりはすっかり『北の国から』の世界になっていて、かなり大きめの雪がしゃかりきになって降り続いていた。隣で煙草を吸っていたジャパンエナジーの高木総監督が、
「雪が降るとウチは優勝するというジンクスがあるのだ!」
と笑いながら言った。
「グリフィンズにはいいかもしれないが、僕はこのままだと明日会社に行けないかも知れないから困る!」
と、冗談半分で切り返した。
試合が終わって帰る頃も依然雪は激しく降り続いていた。詩央にとっては生まれて初めて見る雪である。詩央は空から落ちてくる白くてふわふわした物体を、口をポカッと開けてクリクリ目玉をさらに大きくして不思議そうに見ていた。詩央に着させていたつなぎのボアコートのフードを被せ、僕が傘を差して雪を防ごうとしたが、あまりにもすごい勢いで降っていたため、どうしても詩央の顔に雪が落ちてしまう。その度に詩央は、
「フニャ」
という感じで顔をしかめていた。
思えば悲劇はこのときから始まっていたのである。

家に着いて、さあもう寝るか、という時間にハイヤーの会社から電話があって、諸々の状況を考え、いつもより2時間早く迎えに行きたいとのことであった。迎えに来る道も会社に向かう道も混雑するだろうし、高速にも入れるかどうかわからないのでそれくらいの余裕はあったほうがいいな、と思った。
しばらくすると報道の泊まりデスクから電話が入り、早く迎えが行くという連絡があったかどうかと僕に聞いた。
「さっき電話があっていつもより2時間早く来るとのことでした」
と僕が言うと、
「えっ、2時間?そんなに早く行かなくても大丈夫だと思うけど、まあ、状況見て乗る時間を調節してくれ」
と言った。
いつもより2時間早い、ということはウチに1時過ぎに迎えに来ると言うことである。1時に起きなければならないのはちょっと辛いな、と思ったが、ギリギリで会社に到着してあたふたと準備をするよりはましだ、と思っていた。ただひとつ別の心配もあった。
翌日妻は失業保険をもらうためにハローワークの説明会に行かなければならなかった。その日僕は年末出勤の振替休日になっていたので、僕は放送終了と同時に帰宅し、妻を送り出して詩央の面倒を見る約束をしていたのだ。子供を生むために退職した女性は、失業保険の給付開始時期を3年間先送り出来る。ただしいざ貰う手続きをするときには、仕事をするために子供は誰かに面倒を見てもらえることを明らかにするために、子連れでハローワークに行くのは禁じ手となるのだ。
僕は会社に行ったはいいが、電車のダイヤが乱れて帰りが遅くなることを心配していた。その場合は詩央をどこかの託児所か保育園に預けなければならなくなる。どこがいい託児所かどうかよりも、0才児をその日にいきなり2〜3時間預かってくれるかどうかで選ばなければならないわけだ。預けずに済むものならそうしたいという状況ですね。ただ、最悪の場合はそうせざるを得ないなと、妻と話し合った。妻は電話帳でいくつかの保育園をピックアップし始めた。
さて、翌日、僕は1時きっかりに目を覚まし出かける準備をした。外を覗いてみるとまだ迎えの車は来ていないようだった。どうせ着いたら車から電話があるだろうと思って僕はまた布団に横になった。
うとうとと少し眠ってしまったが、電話の音で起こされた。
「もしもし、○×ハイヤーです。」
ようやく着いたかと思ったが、電話の声はやや動揺していた。
「あの、いま向かいつつありますが、もうしばらく時間がかかりそうです。申し訳ありません」
とのことだった。時計を見ると2時を少し回っていた。
これは困ったことになったなと、こちらもやや動揺しはじめた。テレビの大雪情報ではかなり本格的に交通に影響が出ているようであった。そしてまた電話が鳴った。
今度は報道の泊まりデスクからであった。
「あのさ、3時間も前に出たハイヤーがまだ金町なんだよ。それ待ってたら間に合わないから自分でタクシーを捕まえて来てくれ!」
僕は駅前に行って、空車を捕まえる努力をしつつ無線タクシーを呼ぶことにしたのだが、駅前には遅れに遅れて北小金駅に到着したであろう人達が空車待ちの長蛇の列を作っていた。しかもタクシープールには車が1台もないという有様である。僕は電話ボックスに飛び込んで無線タクシーに電話をかけまくった。が、業務は終了したというアナウンスが虚しく響くか、空車が1台もないと無下に断わられるかのどちらかで全滅した。
僕はデスクに電話をかけ、目下の自分が置かれている状況を話した。
「そうか。とにかく代役のアナウンサーを呼ぼう。梅津はとりあえず家でハイヤーを待っていてくれ」
ということになった。時間はいつも迎えの車が来る午前3時になっていた。
その後も待てど暮らせどハイヤーは来ない。4時前にもう一度デスクに電話を入れた。
「誰か他の人間はいましたか!」
「とにかくHアナが来てくれることになった。梅津は一応あきらめた。」
「あの、最悪、始発電車を待って行けば6時には会社に着くんですけど・・・」
「そうなの?それならとにかく来てもらった方がいいんだけど」
「ただ、始発がまともに動けばの話ですが・・・」
「そうだよなあ。じゃあ4時半に最終判断しよう!」
僕は本番ぎりぎりに着いてもいいようにさっぱりと髭を剃り、髪をムースで固め、コーデュロイのパンツにタートルネックのセーター、そしてベルベットのジャケットに身を包んだ。そして運命の4時30分、ハイヤーはやはり来なかった。

「もしもし、やっぱりハイヤー来ません!」
「そうか。もうしょうがない。梅津は来なくていいや」
そうなると始めから帰ってくる心配がいらないので内心ヤッタと喜んだ。
「あっ、ちょっと待って。プロデューサーがいるから一応確認する。」
しばらく電話の向こうでやりとりがあったあと、
「あのね、本番間に合わなくていいからとにかく来てくれって。それじゃ」
ガーン。本番間に合わないなら行く意味ないじゃないか!と憤りながらも来いというからには行かねばならない。北小金駅に電話を入れると幸い電車は正常に動くということであった。ならば本番には間に合う!僕はベルベットのジャケットには甚だ不釣り合いな防水のブーツを履き、
「とにかく家に帰れそうかどうかは早めに電話するから」
と妻に言い残して家を出た。
そして本番が始まる10分前、僕は報道のフロアに駆け込んだ。
「おーっ、間に合ったか!」
「しかし10分しかないぞ!」
「Hアナは準備万全だがどうする!」
「Hにやってもらった方が安全だろう!」
「梅津、どうする!」
と様々が声が飛んだ。
ここで選択肢は2つある。
1)プロとしてはたとえ全く準備をしていなくても番組には責任を持って出演するべ きである。
2)民放の番組は売っている商品であるから、きちんと準備が出来ている人が万全の 体制で放送すべきである。
僕はさぼりグセが強く、極力仕事はしたくないタチなので、本来なら2を選びHアナにすべてを任せたところである。しかし、ここで僕の悪知恵が働いた。本番に間に合ったのに番組に出ないと、きっとあとで、
「せっかく来たんだからこのあと大雪中継でもしていけ」
ということになるに違いない。それならばここでかっこよく「俺がやる!」と名乗りを挙げて本番をこなせば、あとは振替休日の権利を最大限に主張して堂々と帰れる!と思ったのであります。そこで僕はかっこよく、
「本来の出演者が間に合ったんだから僕がやるのが筋ってもんでしょう」
と言って準備にとりかかった。そんな僕のインチキな考えを知る由もない周囲の人々からは、
「凄いプロ根性だ!」
という感嘆の声があがった。僕はいかにも「プロなら当然」という顔をしてスタジオに入った。
そして無事に本番が終わった。反省会のあと僕は颯爽と会社を出た。この時7時15分。この日の実働時間は1時間10分、うち本番が50分というきわめて効率的な勤務であった。
帰りの電車も通常どおりの運転をしていたので、妻が出かける時間には余裕で間に合った。ああ、よかったとホッとしたのも束の間、1時起きの身に小僧の世話はかなりキツいものがあり、一刻も早い妻の帰宅が待たれるのであった。
(1998.1.12)
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