小僧物語・第19話

     〜いい加減にせい!人形メーカー!!

 年末からわが家の郵便ポストを賑わせているのが、人形メーカーからのダイレクトメールである。宛名は『梅津智史様、詩央様』となっている。世の中にこんなにたくさんの人形メーカーがあったのかと感心するぐらい実に様々なところから届く。

 いわく、

「お子様が生まれて初めての節句、我がメーカーが心を込めて作ったお人形を購入されてはいかがでしょうか」

ということだ。

「まったく、5月まであと半年近くもあるというのに、商魂たくましいなぁ」

と添えられた写真を見てみると、

『特別仕立て12段飾り!』

『小野小町、菅原道真、柿本人麻呂勢ぞろい!豪華7段飾り!』

というものばかりであった。

「バーカ、バーカ。うちの子は男だもんね。雛人形なんていらないんだもんね。バーカ、バーカ」

と妻と共に『バーカバーカ連射砲』となってダイレクトメールをグシャグシャに握り潰し、ごみ箱に向けて豪快なダンクシュートを決めた。

それにしてもこうしたダイレクトメールが送られてくるということは、

『流山市○×の梅津智史さんチに、詩央という子供が生まれたゼ!』

という個人情報が流出しているということである。

 先日も人材派遣会社の登録者名簿が盗み出されてインターネットで公開されていたという恐るべきニュースがあったばかりだし、金融機関の個人情報流出のニュースもありましたね。世の中には名簿屋というのが存在していて、例えば一流大学の学生名簿や一流企業の社員名簿などが高額でやり取りされているくらいだから、「あそこの家には子供がいる」といった程度の情報の流出は些細なことなのかもしれない。しかし、こんなダイレクトメールを有難がる人が果たしているのだろうか?まあ、いるからこんなものがウチにもやって来るのだろうが、僕にしてみればひたすら気持ちが悪い。気持ちが悪いばかりか、詩央を女の子扱いされて気分が悪い。今度また男が生まれたら「孔子」とか「孟子」とか「秋桜子」なんていう名前にして、また混乱させてやろうかと思ってしまうくらいだ。

 突然ポストに入っているものでもう一つ迷惑なのは『裏ビデオ』のちらしである。しかしこちらは最近『こんなものを配ってしまってすいません。いらなかったら処分してください』と謙虚な姿勢を見せ始めたから許す。人形メーカーのダイレクトメールのムカつくところは、いかにも『私たち、皆様のお役に立ちます!有難いダイレクトメールを送るのです!この手紙を捨てるなんて、アナタ、そんなことをしちゃあいけません』と誇らしげにアピールしているところなのだ。そこで僕は容赦なく、有名メーカー「秀月」から送られてきた『バーカバーカダイレクトメール』を公開し、みんなにも一緒に「バーカバーカ」と言ってもらおうと思う次第である。

 ところで、今、妻の母が北海道からわが家に遊びに来ている。先日、我が母と妹、それに妹の子供(こっちは正真正銘の女の子)もやってきて、わが家では『赤ちゃん大会』並びに『バーちゃん大会』が賑々しく展開された。

 妹の子は実穂ちゃんといって、まだ2ヵ月である。僕が抱っこしようとすると妹が、

「重いよ」

と言った。聞けば7キロあるということだ。女の子が2ヵ月で7キロというとなかなかのハイペースである。さすがに詩央のいとこだと感心したが、いざ抱いてみると軽い軽い。詩央はすでに11キロあって、それを抱きなれている僕にしてみればそのあまりの軽さに3歩歩めずという啄木的世界が展開されるのであった。

 それにしても詩央と5ヵ月離れた実穂ちゃんを見ていると、詩央にとってはほんの5ヵ月前のことがやたらと懐かしく思い出される。

 実穂ちゃんが寝てしまってもソファの上に転がして寝かせておくことがまだ可能だ。詩央も寝返りを覚える前は、よくソファの上に転がされていた。

「このソファの上に赤ちゃんがいる風景って、なんかすごい久しぶり」

と、妻が感嘆の声をあげた。今わが家のソファは、詩央が手にとってグチャグチャにしたり口に入れたりされては困るものの緊急非難所になっている。最近はソファの上には楽しげなものがあるということが詩央にわかってきたらしく、気が付くと詩央はソファの縁に手をかけて、一生懸命立ち上がろうとする。一人で立てるようになったら、緊急非難所も変更を余儀なくされるであろう。

 実穂ちゃんがフニフニという声をあげておっぱいを要求しはじめた。妹のおっぱいを飲みながら実穂ちゃんが「ブリブリッ」とビチビチのうんこをたれた。

「そうそう。詩央もおっぱい飲みながらビチビチうんこしてたなぁ。それも一日に何度も」

と今度は僕が言った。

 離乳食が始まってはや2ヵ月が経過した詩央のうんこは、にんじんやらほうれん草やらの粒がまじった、しっかりとした固形のものになった。母乳だけの頃のうんこと比べると、これが圧倒的に臭い。僕はギターを弾く都合上、右手の爪だけは指先よりも2ミリは出るように伸ばしているのだが、おむつを替えているとたまに固形うんこが爪の間に入り込んだりして、これがまた大蔵省の腐敗のようになかなか一掃できなくて困るのだ。

 詩央のほうもうんこが固形化してからというもの、スンナリとうんこを排出するのが困難になってしまったようで、大人も顔負けの真っ赤な顔をして「フ〜ンッ!」とふんばっている姿をよく見るようになった。いつの間にか二重まぶたになったクリクリ目玉で一点を見つめふんばっている姿は、可笑しくもあるが可愛そうでもある。なるべくうんこが固くならないように、ヨーグルトやら食物繊維を含んだものやらを離乳食で与えるようにはしているものの、ヤワヤワうんこの登場率は橋本内閣の支持率並みである。

 とーちゃんやかーちゃんが詩央のそばで物を食べると、

「アーアー、俺にもくれ〜ッ、アーアー」

と言いながら懸命に手を伸ばす。離れて食べていると切なそうな目をしてこっちの方を見つめたりする。梅津家では自分たちの食事すらままならない状況になっているわけだが、実穂ちゃんの目の前では何を食べようが何を飲もうが、全く感心を持たずに、ひたすらおしゃぶりに集中するばかりである。

「重くて買い物に行くのもつらい」

という妹に対し、

「本当の地獄はこれからだぜ」

などと言ってはみたものの、その場にいたバーちゃんたちに言わせれば、僕と妻にとっても本当の地獄はこれからなのかもしれない。

 夕方になって妹と母が帰り支度を始めた。ひところよりも随分日が長くなったようで、5時をすぎても外は十分明るかった。しかし風が冷たく、妹は抱っこひもにくくり付けた実穂ちゃんを、さらに自分のコートで覆って完全武装した。どんなにいじめられようともいつも「おにーちゃん」と言いながら自分の後ろをくっついてきた、小さい頃の妹の姿を思い出した。5ヵ月前の詩央の姿を懐かしむどころの騒ぎではなく、いやはやこれでは僕もとっつぁんになるはずだと、三十路を目前になおもジタバタするとーちゃんなのであった。

                                                                 (1998.1.30)

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