小僧物語・第20話

         〜子供が動き始めると親は動けなくなるのである〜

 明日で詩央も8ヵ月になる。驚異的な成長のペースの割には、というよりも驚異的な成長をしたからこそ体が重くて、と言う方が正解なのだろうが、なかなかハイハイが出来ないので少し心配していた(といっても平均的に赤ちゃんがハイハイを始めるのは8ヶ月頃だけど)。ハイハイくらい放っておいてもいつかはするわけだが、詩央の場合はハイハイよりも立ち上がろうとする努力を先に始めてしまったのだ。

 一説によると赤ちゃんというのはまずハイハイをすることによって、直立二足歩行をするに足りる股関節を鍛えあげるという。したがって下手に立ち上がって歩かれるよりもまずは基本通りハイハイから始めてほしいと親は願うわけだ。

 詩央の場合は興味を持ったものを見つけると、しばらくジーッとそれを見つめてから体を前方に傾け四つん這いの体勢をとる。そして、右手から左手という順番で前方に移動しようとするのだが、足を動かすことが出来ずにそのままベチャッと床に平伏すことになる。しかしそこであきらめることはせずに、今度は寝返りの連続技で横方向に移動しながら、途中途中で体にひねりを加えて軌道を修正し、目標物に近づいていくという、甚だ面倒臭い移動方法をとっていた。そのくせ目標物がソファの上にある場合、ソファの縁に手をかけていとも簡単にヒョイッと立ち上がったりするのである。

 今にして思えば、生まれて間もない頃の寝てばかりいる時や、寝返りも出来ずに手を伸ばして届く範囲の物だけに興味を示していた頃は幸せであったのだ。そう、ついに詩央はハイハイを覚え、自分の意思で自在に動き回るヨロコビを手にしてしまったのである。

 2週間ほど前、詩央が北海道顔見せツアーから戻ってきて程ない頃、詩央は人類の偉大なる最初のハイハイの一歩を踏み出した(這い出した、が正解か?)。そのとき初めて手を前に移動させたあとに、両足を一回ずつ前に出してハイハイの基礎を学んだのだ。ただし次の瞬間には例によってベチャッと敷物状態になっていた。

「おーっ、かーちゃん!今詩央がハイハイして2歩進んだぞ!」

と僕は興奮ぎみに絶叫したのだが、果たしてハイハイの数え方は『1歩2歩』で正しいのかどうかは謎である。

 そうなるとあとはもうあっという間。日を追うごとに歩数(これも歩数でいいのだろうか?)も増え、こちらは目が話せない状態になってしまった。

 どういうわけか、詩央は部屋の隅っこやテーブルの下や壁と家具の間のすき間が好きなようだ。居間のホットカーペットの上に置いておいても、気が付くと隅っこに移動して壁紙をネコのように「カリカリカリカリ」と引っ掻いてみたり、すき間を覗き込んで電話のコードを引っぱったりしている。

「詩央、ここの方があったかいんだから、ここでおもちゃで遊んでなさい!」

と再び引きずり戻しても、すぐさま四つん這い体勢をとり、ハイハイで隅っこに移動していくのである。

 また、僕がトイレに立つと何やら面白そうなところに行くのではなかろうかと勘繰ってハイハイしてついてくる。妻が台所に立っているのが目に入ると、何やらエサを与えてくれそうだという気配を察して、一目散に台所に向かってハイハイをしていく。台所仕事の邪魔になるといけないから、

「詩央、こっちに来なさい!」

と、詩央の好きなリモコンやらチラシやら雑誌をちらつかせて引き返させようということをしているうちに、四つん這いのまま方向転換するのも上手になってしまって、移動のバリエーションがさらに広がってしまった。

 僕が部屋でパソコンをいじっているときに音楽が鳴ったりすると、いつの間にか居間と僕の部屋を分かつ敷居のところまで移動してきて、

「とーちゃん、俺にも面白いことさせろよぉ」

という感じでヘヘヘェと笑っているのである。

 とにかく、今まで床の上に置いておいたものがソファの上に、さらにソファの背もたれの上に、次は棚の上にと、連日史上最高値を更新していくのである。そうしてフと家の中を見渡してみると、赤ちゃんにとって危ないものだらけだということがよくわかる。

 電気製品のコードなんか引っぱって、電気機器につなげてあるほうが万が一はずれて、それを赤ちゃんが口の中に入れてしまったら、危ないですね。テレビ台のキャビネットを叩いて遊んでいるうちに手を挟んでしまったら、危ないですね。コンセントの差し込み口に指なんか突っ込んだ日には、かなり危ないですね。しかも危ないものに限って赤ちゃんの興味を引くものだ、というのが相当危ないわけですね。そういう物以外でも、何かにつかまって立ちあがった時、バランスを崩して頭から倒れるなんてこともあるので本当に油断できない状況なのであります。とーちゃんは一日中詩央に、

「あぶない、あぶない」

と注意を与えることになり、そこに福田和子的世界が広がることになる。

 ここで一つの公式が成り立つのだ。すなわち、

『子供が運動を始めると、親が運動できない』

ということである。

 結婚後も妻は国体のバスケットに出場したりしていたのでよく2人で家の周りを走っていた。国体が終わった後も体育館に行ってバスケットをしたり、テニスをしたりと、体育会系夫婦の生活を送っていた。妻が妊娠するとさすがに激しいスポーツが出来ないので、走っていたコースを歩いてみたり、エアロバイクを買って室内で運動できるようにした。詩央が生まれてからもしばらくは転がしておけば動かなかったからエアロバイクくらいは出来たのであるが、ここにきて僕が早朝の番組担当になったり、離乳食が始まって食事の支度に手間がかかるようになったり、おまけに夫婦揃って「育児腰痛」に悩まされたりしたところで、今度はハイハイで目が話せない状況になった。

 詩央が昼寝を始めると、体の奥の方から、

「今のうちに走りに行け!このごろ運動量が足りんぞ!」

と叫ぶ声が聞こえてくるのだが、その声が脳細胞を刺激する前に、

「あー、ちょっと俺も昼寝したい。外行くの面倒臭い」

という別の声がしゃしゃり出てくるのである。

 そこでとーちゃんは考えた。家に帰ってから運動するのが億劫になるのであれば、家に帰る時に運動をしてしまえばいいのだ!と。

 そして僕は、会社に行けば衣装があるのをいいことに、アシックスのトレーニングウェアで毎日出社するアナウンサーになってしまった。しかも足首には片方1Lずつのウェイトをつけてである。行きは車が迎えに来るのでどうしょうもないが、そのウェイトをつけっぱなしで社内を歩き回ると結構な運動になる。しかも帰りはひとつ手前の駅で降りて家まで歩くのだ。徐々に体を慣らしていって、いずれはそれで走って帰るようにすれば運動不足の完全解消!と目論んでいるのだが、トレーニングウェア姿で会社にいる時の周囲の目がいかにも、

「とうとう育児疲れで朝着替えるのが面倒になったか」

と言っているようで、いつまでそれに耐えられるかが問題である。

                                                                   (1998.2.17)

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