小僧物語第23話〜佐々木明子よ、君はエラい!〜
親としては非常に情けなく恥ずかしく、かつ申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、詩央が火傷をしてしまった。
3月25日の水曜日のこと。僕はその日どうしょうもなく頭が痛かったので、家に帰るとすぐに寝てしまった。しばらくすると詩央の尋常でない『ウギャーッ!』という叫び声で目が覚めた。妻がちょっと目を離したスキに詩央は台所まで這ってきて、ポットをいたずらして倒してしまったのである。
前から詩央の手の届くところにポットが置いてあるのは危ないと思っていたにもかかわらず、電源の位置の関係や置場所の整理整頓を怠っていたためそのままにしてしまっていたのだ。
僕と妻が駆け寄ると、タイツをはいた詩央の右足のすねのあたりにお湯がかかっていた。こぼれたお湯の量がコップ一杯にも満たない程度だったのが救いである。すぐさま詩央を抱えあげ水道の水でタイツのまま冷やした。このときにはすでに泣きやんで、まるで水遊びをさせてもらってるかのように笑い始めたので少し安心した。次にタイツを脱がせて、氷やアイスノンを使ってさらに冷やした。何事もなかったかのように詩央はおもちゃで遊び始めたのであるが、詩央の足を見ると皮膚が6センチ×3センチくらい赤くなっており、ちょうどその真ん中の1センチ四方が水ぶくれになっていた。

まあ、ここまでの『水道水で冷やす→氷で冷やす』までの対応はよかったのであるが、ここからがよくない。あまりたいしたこともないようだし、詩央も平然と遊んでいたものだから、そのままオロナイン軟膏を塗って終わりにしてしまったのである。
この日は念の為、風呂には入れないでいた。
次の日、26日の木曜日に詩央の足を見ると、水ぶくれのところの皮が剥けていたものの、まわりの赤くなっていた部分はまったくわからなくなっていた。そして普通にお風呂にも入れた。
そして次の日、27日の金曜日に会社でほぼ3ヵ月ぶりに佐々木明子アナと会った。
「いやぁ、梅津さん、元気でしたぁ〜?」
と、佐々木は相変わらずの軽いノリで聞いてきた。
「ま、それなりに」
「しょーん君は大きくなりましたかぁ?」
「うむ、実はポットを倒して火傷をしてしまった」
と僕が答えると、佐々木アナは、
「それ、病院行きました?」
と深刻な顔で尋ねたのである。
「いや、大したことなさそうだから行ってないけど」
「ダメですよ。赤ちゃんの火傷はすぐに病院に行かないと。早く連れてって下さい!」
と、妙にきっぱりとした命令口調で僕に言った。
「そうか、やっぱり病院行ったほうがいいか」
とそのときは心配になったのだが、家に帰るといつもと何一つ変わらない詩央が、
「とーちゃんとーちゃん、だっこしてくれよ〜ん」
という調子で一目散に僕のところに這ってきてヘヘラッと笑ったりするものだから、そんな心配もどこかに飛んでいってしまい、病院のことなどすっかり忘れてしまったのである。
ようやく次の日の夜になって改めて詩央の足を見たら、水ぶくれの破けたところがまったく快方に向かっていないように見えた。そして病院のことを思い出したのである。
「これ、病院に行ったほうがいいんじゃないの」
と妻に言うと、妻はスクッと立ち上がり、『赤ちゃんの病気と事故』という対応ハンドブックを開いた。その妻の顔からサーッと血の気が引いて行くのを感じた僕は、妻からその本を奪い読んでみた。
すると、赤ちゃんが熱い飲み物やポットのお湯で体の一部を火傷した場合、
1)まず水道水で5分以上冷やす。
2)次に氷などで冷やす。
とある。ここまでは合格なのだが、問題はこのあとである。
3)薬などは塗らずに氷で冷やしながらスグに病院に連れていく。
と書いてあるではないか!

すでに土曜日の夜である。『スグに』もへったくれもない状況ではあったが、とにかく日曜日でも診察している病院を探すために僕はタウンページを引っぱりだした。幸い家からそんなに遠くないところで日曜日も午前中なら診察する皮膚科の病院がいくつかあった。前にもこんなようなことがあったな、と思ったら、半年程前に突然僕の体中に原因不明の湿疹が出来たときも日曜日にやってる皮膚科の病院を探して行ったなと、どうでもいいことを思い出した。
詩央を病院に連れていく日曜日、僕は番組のロケが朝から入っていた。妻に、
「昼メシの休憩のときにでも電話をするから」
と言って家を出た。
そして、昼に家に電話をしたところ、受話器の向こうの妻の声がそんなに暗くなかったので安心して話を聞くことができた。
ただし、やはり一つ間違えれば大変なことになったようだ。
まず、水ぶくれが破れたところが化膿してなかったからよかったが、もし化膿していたら非常に高い確率で細菌が上に行く、と言われたらしい。上に行く、というのはつまり脳が細菌の侵入を受けるということである。傷口に妙な細菌が入らないようになるべく風呂には入れないほうがいいとも言われた。したがって、もし細菌感染してしまっていたら責任の所在はどこにあったかというと、100パーセント親である僕と妻にあった。まず、ポットを子供の手の届かないところに置いておかなかったこと。事故のあとすぐに病院に連れて行かず、素人治療で済ませていたこと。さらに細菌感染の可能性があるのに平気で風呂に入れていたこと。どこをとってもダメなことだらけである。
もしかしたら火傷の跡は残ってしまうかもしれないということだったが、化膿止めの抗生物質は1週間毎日病院に通えるなら投与する必要はないとのことだった。僕は妙に仕事が詰まっている週なので毎日詩央を病院に連れていくことは出来ないのだが、対応が遅れた罪ほろぼしにせめて1週間毎日の通院ぐらいはしようというのが、僕と妻の一致した見解である。

たまたまこの文章を書いている時に、佐々木アナが出勤してきた。僕が、
「君の言うとおり病院に連れて行ってよかったよ。ほっといたら細菌感染して脳に回ってたかもしれないってさ」
と言うと、佐々木アナは、
「えーっ、そうなんですかァ!私、ただ跡が残ると可愛そうだなぁって思っただけなんですけど。でもなんともなくてよかったですね」
と、例によって軽いノリで答えた。
一緒にスポーツニュースをやっていた頃は何かとお世話をしてやったものだが(なんて書くと大変エラソーだが、本当だから仕方がない)今回ばかりは佐々木アナの適切なアドバイスに助けられた。佐々木明子ももしかしたら育児をしているんじゃないか、という『佐々木明子隠し子疑惑』が僕の中で浮上している。 (1998.3.30)
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