24話〜結婚記念日と椎間板ヘルニアについて〜

 今日で詩央はちょうど10ヵ月である。物に掴まりながらヨチヨチと移動することはできるが、一人では全く歩けない。僕は8ヶ月で歩いたらしいから、この勝負はとーちゃんの圧勝であると秘かに喜んでいる。まだ歩かないかわりに、詩央のハイハイのスピードは妙に早い。家の中にいても時々見失ったりする。さっきまでリビングにいたのに一瞬のスキをついて玄関先でとーちゃんのエアジョーダンを振り回したりしているのだ。わが家の玄関はバリアフリーになっていて段差がないから、そこに置いてある靴やサンダルに簡単に手が届いてしまうのが困り物なのであるが、段差があったらあったでそれはまた恐怖なのだな。

 詩央がその高速ハイハイの実力をまざまざと見せつけるのは、とーちゃんやかーちゃんがダイニングで何か食べているということに気付いたときだ。リビングでおすわりをしてテレビやおもちゃに夢中になっていても、ちょっと食器がぶつかったりすると機敏に反応し、

『ハッ!』

という音が聞こえてきそうな勢いで振り返る。

「しまった!」

と思ったときにはすでに手遅れで、詩央は、

『み〜ちゃった、み〜ちゃった』的ニタリ笑いを浮かべ、すぐさま四つん這いの姿勢をとり、

「シャッ、シャッ、シャッ、シャッ」

とゴキブリにも似たすばしこさでとーちゃんの足元に近寄ってくるのだ。

 この時、何故妻の方に行かないかというと、かーちゃんはキビシーから近寄っても何ももらえないということを学習しているからである。一方の僕は、まあ、問題のない食べ物で少量ならあげてもいいか、という政策をとっている。保守派と改革派の対立が浮き彫りになった形だが、今のところどちらかが一方的に弾圧をするということはない。

 しかし僕は最近この穏健路線を反省しつつある。というのも詩央が離乳食の時間にちっともおとなしく食べてくれないのだ。まあ、あちこちに気持ちが分散されて食べ物どころではない時期なのだろうが、どうも詩央の心の中に、

「さっきとーちゃんからゴハンもらって食べちゃったもんねぇ」

とか、

「どうせあとでとーちゃんに何かもらえるもんねぇ」

という思いがあるような気がする。今後は保守派に歩み寄った政策に路線転換しようと思うのだが、野党から責任を追及する声があがるのは必至と見られる。

 ところで去る4月14日は、僕と妻が入籍して丸3年という日であった。その日のお昼のニュースを読み終えアナウンス室に戻った僕のところに、育児休暇から復職したばかりの土川由加アナが近づいてきて、

「梅ちゃん、ウチの子、名前呼んでも全然振り向かないんだけどさぁ・・・」

と真顔で言った。ちなみにそのとき由加さんの子供はほぼ6ヵ月である。

 僕は、

「そんなもん、10ヵ月になろうかというウチの子だって名前呼んでも反応なんかしないんだから、心配することないですよ」

と答えた。由加さんは、

「あっ、そうなの。な〜んだ、ウチの子、バカなんじゃないかと思って心配しちゃった」

と、明るく爽やかにさっぱりした口調で言ったのでありました。

 由加さんは顔を合わせる度に、

「子供って最高だよねぇ、こんなに面白いもんだとは思わなかった」

と、嬉しそうに言う。育児を本当に楽しんでいるのが伝わってくるのだが、悩み方のポイントの微妙なズレ方がいかにも由加さんらしくて、こちらまで可笑しくなってしまった。

 そういえば、斉藤一也アナの証言によると、ある日由加さんが、

「うちのベビーシートはいいのよ!」と斉藤アナに話しかけてきたそうだ。車に積むベビーシートの購入を検討していた斉藤アナはすかさず何がどういいのかを尋ねた。すると由加さんが自信たっぷりの表情で、

「だってね、ベビーシートをちゃんと大人用のシートベルトに固定できるのよ!」

と言ったそうな。どのベビーシートもそうなってるんだけど、まあこれも非常に由加さんらしいお話であります。

 さて、その日の帰り、僕は駅前のSATYに寄って、イタリアントマトのケーキを2つと、すし屋で各種にぎりを持ち帰り用にしてもらった。すし屋と言っても回転寿司だが、北小金駅前の回転寿司は結構うまい。近所に住んでいる俳優の斉藤洋介さん(北小金の駅で何度か目撃している)のサイン色紙が飾ってあるところがまたニクい。ケーキにしても寿司にしても詩央にはまだ早い食べ物だから、いつものように足元に寄ってこられるとツライな、と思いながら家までの道を歩いていた。

 玄関の扉を開けて家に入ると、妻がリビングの扉から顔を出して、唇に人さし指を当てながら、

「シーッ」

と言った。

 僕がひそひそ声で、

「詩央が寝てるの?」

ときくと、妻はゆっくりとうなづいた。

 そのまましのび足でリビングに入っていくと、詩央は偉そうに大の字になって寝ていた。僕は買ってきた寿司とケーキをダイニングのテーブルの上に並べようとしたのだが、ビニール袋に入っているからどうしても『ガサガサ』と音がしてしまう。さらに寿司のパックの蓋を開けようとすれば『バキバキ』、小皿を出そうとして『ガチャガチャ』、冷蔵庫からお茶を出そうとすれば『バタンバタン』という具合に次から次へと音が出るのだ。

 その度に僕と妻は詩央の方を振り返り、起きてないだろうかと確認をする。その動作のタイミングが全く同じなのがおかしくて、二人で笑ってしまうのだが、その笑い声で詩央が起きなかっただろうかと、また二人で詩央の方を振り返るのであった。

 詩央は何度か「ウ〜ン」なんていう声を出しつつ手足をバタつかせたりしたものの、結局我々の食事中に目を覚ますことはなかった。僕も妻も実に久しぶりに二人で食事をしたことになる。詩央もとーちゃんとかーちゃんの結婚記念日くらいはと気を使ったのかもしれないなと、しみじみと感慨に耽っていたのであるが、目を覚ましたあとはいつも通りの、詩央小皇帝の独裁恐怖政治がわが家を支配したのであった。

 ところで一つ笑い事ではない事態が発生してしまった。詩央を産んでからずっと腰の具合がよくなかった妻が、実は本格的な椎間板ヘルニアであることが判明した。産後のおとなしくしてなくてはいけない時期からちょこまかと動き回っていたことのツケが回ってきたのではないかという気がする。体育会系の世界で育ち体力には自信があったのだろうが、やはり出産というのはバスケットボールで日本代表にのぼりつめることよりも苛酷なのだろう。手術、入院となるとかなりの長い時間を必要とする。核家族というのはこういうときに非常にツラい。

                                                               (1998.4.17)

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