25話〜炎の離乳食調理人〜

 前回の原稿を書いてからすでにちょうど1ヶ月が過ぎてしまった。従って詩央も今日で11ヶ月になっている。しかしながら、書くネタがなくて困っていたわけではない。全く書く余裕がなかったのである。

 椎間板ヘルニアになってしまった妻は鍼灸治療院に週1〜2回通いはじめた。抜本的に直すには手術するしかないという診断だったのだが、やはり現在の生活環境では1ヶ月以上の入院は無理なので、せめて痛みだけでも和らげようと針とマッサージの治療を受けているのだ。

 その治療がなかなか功を奏していて、通いはじめてからすぐに、

「あ〜、いたたたたっ」

とか、

「う〜、痺れる痺れる!」

とかいうことは無くなり、跳んだり跳ねたり走ったりする以外はほとんど日常生活に支障がなくなった。

 それで気をよくした妻は治療院に通うかたわら、自動車学校にも通いはじめてしまったのだ。我が妻ながらこのあきれるほどのパワーの源は一体どこにあるのだろうかと感心してしまう。最近は託児所完備の教習所も増えているので、免許を取りたいというお母さん達に好評のようだ。我が家の場合は朝から妻が詩央と一緒に教習所に行って託児所に預けても、大抵は昼前には僕が迎えに行けてしまうから妻も教習を受けやすい。詩央にとってもよその子供と接する機会を与えられて嬉しいらしく、たまに妻を車で教習所に送ったあと託児所の前を素通りして帰ろうとすると、託児所のほうに向かって、

「アバババ、アバババ、ハウハ〜ッ」

と両手を出して行きたそうにするのだ。

 預けられているときの詩央の様子を取材してみると、障害物のない広い部屋にコーフンしてワサワサ這い回ったあと、よその子のおもちゃを取り上げ独占しよだれまにれの刑に処しているらしい。それだけ傍若無人にふるまえるのだから託児所に行きたがる気持ちもわかるのだが、そのくせ2時間以上預けられるととーちゃんかーちゃんが恋しくなってギャーギャー泣き出すところが所詮は赤ちゃんなのである。

 そんなこんなで妻が治療院と教習所に並行して通い始めると、必然的にとーちゃんが詩央の面倒を見ることが多くなり、したがってこんな軽薄なアホアホ文章ですら書く余裕がなくなるのだ。今は妻が詩央を連れて特売のコーヒーを買いにスーパーに行ってしまったので、ここぞとばかりにMacintoshに向かっている。

 最近の詩央はまるで生後1〜2ヶ月の頃のように一日に何回もうんこをたれる。その度におむつを替えてやらなければならないのだが、あの頃とめっきり違っているのは『動き回る』ということだ。とにかく10秒もじっとしていられずに、おしりにうんこをつけたままどこかに行こうとするし、やっとの思いでうんこを拭き終わったあとにはおしり丸出しで消え去ろうとする。無理矢理押さえ付ければギャーギャー騒ぐし、おもちゃを与えておとなしくさせても体だけは横向きによじったりなんかして、しまいにはこっちが泣きたくなってくる。

「えーい、お前なんかおしり丸出しでどこえでも行ってしまえ!」

と放り出すときもあるのだが、家の中をおしっこまみれうんこまみれにされたらかなわんと、すぐにまたおむつ装着の格闘に入ることになる。こういうときはいっそのこと『はかせるおむつ』にしてしまおうかとも思うのだが、あれは高いわりに入っている枚数が少ないから経済的でないのだ。

 そしてこれまたあの頃と圧倒的に違っているのは、一日に3回しっかりとメシを食うことである。大人と同じものが食べられるのであれば面倒がないのだが、やはり赤ちゃん用にアレンジしなければならない。ある程度の食材は、妻が調理して冷凍保存してくれているのだが、加工は僕の役目になる。したがってこのところ僕は秘かに離乳食調理人としてメキメキ腕を上げているのだ。といっても、男で料理が好きという人はほとんどがそうだと思うのだが、レシピを見るのは面倒なので大体思いついたままにめったやたらに材料をぶちこみ、調味料はかなり控えめにしてグチャグチャ飯を作っているだけなのだが。

 一番手取り早いのは、牛乳に卵と砂糖少々を加えたものに食パンを浸してフライパンで焼く『小僧用フレンチトースト』である。これにヨーグルトとフルーツでも付ければ立派な昼飯である。一時期こればっかり作っていたのだが、詩央もだんだんと飽きてきてしまったので、次は米の離乳食に挑戦しはじめた。

 まずはじめに作ったのは『小僧用海鮮丼』である。フライパンに水と冷やご飯を入れて柔らかメシが作れるようにしておき、そこにたらこを粉々にしたものとシラスとちぎった海苔とかつおぶしをダバダバ入れて火にかけるのだ。これも作るのは極めて簡単であるが、最初はシラスとたらこをそのまま使ったから塩っぱくなってしまった。大人にはちょうどいい塩加減だと思うのだが、赤ちゃんにはやはりきつい。以後は一度お湯で塩分を抜いてから使うことにしている。

 そしてさらに凝ったものに挑戦しようと、今度はごはんとホットケーキミックスを使って離乳食を作ってみた。柔らかくしたごはんを、牛乳と卵でゆるめに溶いたホットケーキミックスに入れて、さらに茹でたにんじんやブロッコリーやコーン、おまけにトマトを細かく刻んで入れて、軽く塩とケチャップで味付けをしてボウルで混ぜ、表面に海苔を付けてお好み焼き風に焼くのである。国籍不明の怪しいライスケーキという感じで、これは我ながら傑作と思ったし妻にも好評であった。

 しかし、このようにとーちゃんが苦労して作ったものを詩央が、

「おいちい、おいちい」

とちゃんと食べてくれるかというと、やはりそこにもおむつ替えと同様の格闘が生まれる。

 椅子に座らせて食べさせようとすると、まず椅子の上に立ち上がり、それに飽きると椅子から降りて旅に出ようとする。捕まえてまたテーブルの前に座らせると今度はスプーンやら箸を持って遊び始める。この段階ならまだスプーンや箸を口に入れようとした瞬間を狙って食べ物を入れてしまうという技もできるのだが、やがてそれにも飽きてまた旅立とうとする。

 次にとーちゃんは水の入ったマグを見せつけ、

「ほーら、お水だよ〜ん」

とかなんとか言いながらまたテーブルの前に誘い込み、とりあえず水を与える。少し前までは上手に使っていたストローであるが、口に入れた水をビチャビチャ吐き出しながら飲むという志村けん的ギャグを覚えてしまって、飲み方が異常に汚い。しかもマグからストローを引っこ抜いて、ストローとマグを振り回して遊ぶという技まで心得てしまったから、あたりは水浸しになる。

 そしてついには皿に手を伸ばし、食べ物をグチャグチャと握りつぶしてその拳ごと口に持って行くのである。気がつけば我が家のダイニングはねずみの大群が荒し回ったあとのような状況になっている。

 子供がこんな風に色々なものを手で掴んで、口に入れて、遊びながら物事を覚えて行くというのは、理屈ではわかっているのだが、現在ダイエットのため食事を厳しく制限しているとーちゃんは散乱した食べ物を見る度に一筋の涙が頬を伝うのを禁じ得ないのであった。

                               (1998.5.17)

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