小僧物語・番外編

   〜躾界の水戸黄門

 最近人様のガキを叱り飛ばして泣かせるのが趣味になっている。といってもやみくもにそこらじゅうで大声をあげているわけではない。詩央に対して理不尽ないじわるをした子供には容赦しないのである。

 詩央は現在1才4ヵ月で、一たび外に出れば自分の興味のある方向に一心不乱に歩いて行くのを生業としている。8月末に引っ越してきたマンションは東武野田線の初石の駅前を大々的に開発して出来たものだが、巨大マンションがドカンとそびえたっているといった感じではなく、中規模マンションの集合体になっている。緑がたっぷりの敷地内の遊歩道の脇にはブランコやジャングルジムなどがちりばめられていて、そのまま公園へと繋がっている。子供を育てるにはいい環境だと思って思いきって購入したのだ。

 休日の朝、妻が家の掃除をしている間は詩央が邪魔しないように僕が外へ連れていくことが多い。大人が普通に歩けばものの3分で通り抜けてしまう遊歩道であるが、詩央が一緒だともちろんそういうわけにはいかない。途中のベンチに上ったり、うちとは別の棟に入っていったり、夢中になって小石を拾ったりと実に寄り道が多い。

 やがてブランコがあるところにたどり着くのだが、僕が起きて活動するような時間だから同じマンションのちょっと年上の子供たちがすでに遊んでいる。で、その中に意地の悪いクソガキがいるのである。

 ある日そのブランコの近くに青い手押しの台車が置いてあって、詩央が興味をひかれてその台車にのっかった。

 するとその台車の持ち主(正確には持ち主の娘なのだろう。推定年齢7才)が、

「それだめ!」

と詩央に向かって言うのである。もちろん人んちのものだから勝手に使うのはよくないが、1才4ヵ月の子供がちょっと遊んだだけなのに、何を抜かすか、このクサレガキ!などと思いながらも、そのときは僕もおとなしく詩央を抱き降ろして違うところに向かおうとした。

 しかし、一度降ろしたところで詩央は解放されるやいなやまた台車に向かって突進していく。そしたら今度はそのクサレバカガキが、

「みかちゃ〜ん、台車盗られちゃうからしまおうよ〜」

と、友達だか妹に呼びかけたのである。

 ここで俺の中の堪忍袋の緒がブチッという音を立てて切れた。今まで『僕』だったのがここで『俺』になるほどキレたのである。

 この俺様に向かって、30年に一度の天才アナウンサーの俺様に向かって、会社からだけでも年に900万円近い金をもらっている俺様に向かって、あのマンションの中でも結構高いほうの部屋を買った俺様に向かって、リッケンバッカーやオベーションを始め4台の高級ギターを持っている俺様に向かって、Macintoshのデスクトップとパワーブックの両方を持っている俺様に向かって、トラックやメキシコ、西表にフィリピンなど世界の海を潜っている俺様に向かって、着なくなった服を義理の弟にあげたり、インドの子供たちに送ったり、フリーマーケットで売ったりしてもまだ箪笥が爆発しているほどの衣装持ちの俺様に向かって(と、段々自慢できることなのかどうかわからなくなってきたが、とにかくそれくらいのことが瞬時に頭の中を駆け巡るくらいに憤ったのである)台車ドロボー呼ばわりたぁ一体何様のつもりだ!

 ちなみに付け加えておくと、そこにいた子供たちは誰一人その台車で遊んでいるわけでもなく、それぞれ好き勝手にブランコに乗ったり自転車に乗って遊んでいて、詩央が台車で遊ぶことにただならぬ目を向けていたのはそのクソッたれクサレバカガキだけなのである。したがって、

「台車盗られちゃうからしまおうよ〜」

と呼びかけられたみかちゃんも全く関心を示さず、自転車に乗ってどこかに行ってしまったのだ。

 そして俺はそのアホアホクソッたれクサレバカガキに対して、

「使わねぇもんなら家の中に鍵かけてしまっておけ!」

とニラミを効かせながら厳しく言い放ち、詩央をだっこして立ち去ったのでありました。背中越しに、

「ウエッ、ウエッ、ヒクッ、ヒクッ」

というすすり泣きの声が聞こえてきたことは言うまでもない。

 でも、さすがにこの後は僕も子供に対して大人げなかったなと少し反省し、『俺』も『僕』にあらたまるのであるが、その日の午後、また恐るべき事態が発生した。

 椎間板ヘルニアが随分よくなった妻がまたランニングを再開したいということで、以前住んでいた北小金の駅前のSATYの中にあるスポーツショプにでかけた。買い物を終えて5階のゲームコーナーの前を通ると、僕にだっこされていた詩央が例によって、

「放せ〜、放せ〜、俺に行かせろ〜」

と暴れ出したので解放した。もちろん詩央はゲームのやり方などはまったくわからないのだが、スイッチやレバーをカチャカチャ動かすのが非常に好きなのである。

 アンパンマン自動車やイワトビペンギンのゲームの前で遊んだ後、詩央はピカチューのゲームの前に立ってレバーをいじり始めたのだが、その様子を見た横にいたアホガキ(推定年齢4才・女)が、いきなり詩央の前に割って入ってそのゲームのレバーやらスイッチを、

「これはあたしのっ!」

と言わんばかりに両手で覆い隠したのである。

 そこで再び『俺』モードに突入してしまった俺は完璧に逆上した。ちなみに付け加えておくが、そのときそのアホバカクソガキは金出してそのピカチューのゲームをやっていたわけではなく、むしろピカチューのゲームのまん前にいなかったからこそ詩央は近づいて行ったのである。天才の血をひく詩央は人がゲームをやってるところにはまず近寄らないし、もし近づけば天才な親である俺が即止める(どうも俺の場合、親バカである前に自分バカなのだな)。

 そして逆上した俺はそのくされアホバカクソガキに向かって思わず、

「ざけんじゃねぇよ、このくされバカ!」

と、かつて江戸川区内の路上で他校の生徒に浴びせていたのと同じ様な言葉をはいてしまったのであった。しかしこの子の場合は泣き出すというよりびっくりして俺の顔をしばらく涙目でボー然と見つめていたな。

 どうも今回の話は我ながら独善的だなぁと思うし、読んだ方も、

「おいおい、梅津ってのは鼻持ちならねぇ偉そーなヤローだな」

と思ったに違いないが、いわれのない中傷や理不尽な意地悪に対しては、

「懲らしめてやりなさい」

という黄門様の声が俺の中から聞こえてきてしまうのだ。まあ、それで相手に泣きが入ったところで、

「もういいでしょう」

という声が聞こえてくるわけではないのだが、意地悪というのは直接的な暴力よりも嫌いなのでつい『懲らしめて』しまうのですね。

 まあ、

「子供に対して一体なんていう口のきき方でしょう!」

というザーマスママ的ご意見もありましょうが、うちの妻のように、

「すごい意地悪な子がいたから気分悪くなって帰ってきちゃった」

なんて言ってるよりは、中傷や意地悪に対しては叱り飛ばすのだという決意を胸に、光国の心は今日も晴れ渡っているのであった。

                                                                (1998.11.2)

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