第3話〜禁断の妊婦モデルと胎教の効果について〜

世の中には「P.and」とか「たまごクラブ」といった妊婦のための雑誌というのが結構 出版されていて、妻もあれこれ買い込んで読みあさっていた。妻の妊娠というのは夫に とってもちろん他人事ではないので、僕もあれこれと知識を蓄えるために、妻に負けじ と熟読した次第である。

そういった『妊婦本』の内容というのはおおむね、
「安産のための妊娠中の過ごし方」
「こうして貯めよう!出産、育児資金」
「胎教ってどんなことをすればいいの?」

という三本柱を中心にまとめられていて、ローテーションの谷間をがっちりと
「これだけあれば大丈夫!出産、育児グッズ」
が固めている。これだけの先発陣が揃っていれば70勝は計算できて優勝も間違いない ところである。

だが僕がもっともその実力を高く評価したのが、
「先輩ママに学ぶ、妊娠280日間にやったこと」
という特集であった。これは読者モデルの女性の妊娠初期から出産直前までの一週間ご との全裸写真一挙掲載!というものである。しかもその読者モデルの独占告白手記付き で、
「妊娠14週・夫とセックスをしていたらアソコが痛がゆくなってきた」
とか、
「妊娠27週・雑誌にはセックスでイッてはいけないと書いてあった。たしかにイッたあ とはお腹がはる」
などと書いてあるのだ。

そうなるといくら良心が身体の奥底から、
「これは出産という荘厳で神聖な人類の営みのための雑誌なんだからな!アヤしいこと を考えてはいけないんだからな!」
と叫ぼうとも、頭の中には太字の平成角ゴシック白抜きでで、
『人妻激白!妊娠中でもイッちゃうの!』といった週刊宝石的な見出しが躍ることにな る。

それにしてもこの読者モデルというのが実にまったく僕好みの22才の女性で、実にまっ たく可愛い人で、実にまったくその美しき妊婦姿を惜しげもなくあらわにしており、僕 は右手の人さし指で「のの字」などひとしきりしたためたあとで、
「うー、コノコノッ!亭主出てこい!」 と、思わず雑誌に向かって叫びそうになったほどである。しかしそれはとりあえずどう でもいい話である。

その読者モデル特集の他に僕がもっとも関心を持って読んだのが「胎教」についての記 事であった。胎教というのは言うまでもなく、お腹の赤ちゃんに施す教育のことだ。こ ういう言い方をすると何となく妊娠中に英語のレッスンテープをひたすら流し続け子供 をバイリンガルにしてしまうとかクラシック音楽を聴きまくり天才音楽家にしてしまお うなんていう世界を想像してしまうのだが、実は胎教というのはそういったレベルの話 ではない。頭のいい子になる、というのはあくまでも二次的なものなのだそうだ。

雑誌によると、胎児は妊娠2ヵ月には原始的な皮膚感覚が生まれ刺激を感じるようにな り、4ヵ月くらいには大きな音が聞こえるようになっている。そういう時に受けた刺激 というのを胎児は記憶していると実感している医師もいるらしいのだが、もしそういう ことなら、「世の中ってけっこう楽しいんだぜ」とわからせて、子供が希望に溢れてこ の世に生まれてくるようにしようよ!というのが僕が理解した胎教の真骨頂なのである 。

そのためには母親がストレスを感じることなくいつもリラックスできるような環境作り が必要で、夫婦ゲンカなどもってのほか、美しい自然や音楽に包まれながら赤ちゃんに たくさん話しかけてあげましょうということになる。

また、音楽を聴かせるにしても静かな音楽ばかりではなく、ロックなどの激しい音楽を 交えたほうが赤ちゃんの脳を刺激することになるようだ。その他にもお母さんがお風呂 に入ったときに数字を数えたりすると教育の準備になるとのこと。だが待てよ?という ことはやっぱり胎児のうちに英会話の教材を聞かせてることがバイリンガルへの近道な のか?でもそういう教材の宣伝の読者体験記に、
「胎児のうちからこのテープを聞かせていたおかげで、こんなに早く英語の歌が歌える ようになりました!」
なんて書いてあるけど本当なのだろうか?なんかそういうのって親がテレビのニュース を見ている時に子供が「バブー」とかなんとか発したのを聞いて、
「おーっ!うちの子は今、経済ニュースを聞いて『バブル』って言ったぞ!」
と喜んでいるアホアホとうちゃんとあまり変わらないような気がする。それでもまあ、 親なんてものは自分の子供のやることなすことを見てことごとく「こいつは天才だ!」 と思い込める人種である、ということは自分が親になってみて何となくわかったような 気もする。

胎教に果たしてどれだけの効果と影響があるのかは僕にもはっきりとしたことは言えな いのだが、僕が我が子に施した胎教と生まれてきた息子の状況を明らかにしてみよう。

息子が妻のお腹の中で最もよく聞かされていた音は何といってもとーちゃんが弾くギタ ーある。そしてとーちゃんが弾くのはジョン・レノン使用モデルのギターまで買ってし まうくらいだからもちろんビートルズ関係が中心であった。またCDでもよくビートルズ をかけていた。

6ヵ月が過ぎたあたりではっきりと胎動がわかるようになると、子供はお腹の中でしっ かりと生きているんだなぁということが実感できる。しかし日によっては全然動かない という日もある。そんなとき妻はほとんど消え入りそうな声で、
「大丈夫かなぁ、この子ちゃんと生きてるかなぁ」
と、お腹をさすりながらつぶやくのである。実は妻は一度流産しているのでそうした心 配はなおさらのことだ。しかし胎児にだってかったるくて動く気がしないときもあるの だろう。
そんなときとーちゃんがおもむろにギターを取り出して弾きはじめると、我が息子はに わかに活動を始め、僕と妻を一気に安心させてくれるのであった。一部には子供が迷惑 がって暴れているという説もあったが、僕としてはそういう説は一切受け入れず、
「この子はとーちゃんがギターを弾くと喜びのあまりに子宮の中で踊り出すのだ!」
と決めつけていた。

僕のギターの他にも、尾崎豊の曲がかかると動き始めるという傾向があったので、こい つは尾崎豊の生まれ変わりなのではないかと思ってみたりもした。

「たまには美しいクラシックも聴かせた方がいいのではないか」という気がしないでも なかったが、まあそういう『美しい系』の音楽はポール・マッカートニーに担当しても らいつつ、基本的にはジョン・レノンの音楽を通じて我が子に人生のヨロコビとカナシ ミを知ってもらう道を選んだのであった。かなり危ない選択だなぁ。

そして詩央が生まれた。彼は音楽に対してどういう反応を示したか。

僕は詩央のために『The Beatles Collection for Seon』という、全28曲入りのビート ルズのMDを編集してその時を待ち構えていた。
退院してわが家の和室でスヤスヤと眠っていた詩央が「フエッ、フエッ」と突然グズり 始めた。
「今だ!」とばかりに僕は詩央を抱きあげてそのMDを流した。すると詩央は28曲中の3 曲目にはまたグッスリと眠ってしまったのである。その後もこの作戦はかなり有効で、 いい加減もう寝てもらわないと困るなぁという時にだっこしてそのMDを流すと、だいた い3曲目の頃には眠ってしまうのだ。僕が会社に行っている間は妻が息子を寝かせるた めにその作戦を使ってみたようで、やはり同じように3曲目にはもう寝ているという証 言が得られた。。ちなみそのMDの3曲目は『TWISTAND SHOUT』である。やっぱり危ない 。

それから僕がギターを弾き始めると、けっこうおとなしく聴いているという傾向もある 。こちらのほうは『TWIST AND SHOUT』のようなものよりも『IMAGINE』とか『ACROSS THE UNIVERSE』のような曲や『DAY TRIPPER』のリフみたいに単純明快なベースライン がお気に入りのようだ。

果たしてそれが「母のお腹にいる頃から聞きなれたものである」ということから発生す る安心感と関わりがあるのかはよくわからないが、すぐに寝かせることができる技を持 ったということは、親としては大変楽なことである。

ただし、本気で腹をすかせて泣いているときにはこの作戦もまったく効果を発揮しない 。その場合父は虚しくギターを放り出し、
「かーちゃん、乳あげて!」
と、息子を妻に手渡さざるを得ないのである。この瞬間、僕は乳が出ない我が体の構造 をはかなみ、また妻に対してなみなみならぬジェラシーを抱くのであった。
(1997.9.9〜10)


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