第4話〜でかベビー100日記念の鯛さばき〜

早いもので詩央も9月24日で生誕100日記念を迎えた。その後の成長ぶりも目を見 張るものがあって、3ヵ月の時点で体重がすでに8000gに達していた。日中妻が子 供をベビーカーに乗せて買い物や散歩に行くと、近所のお母さん連中と話をする機会が 訪れる。だいたい話の始まりは、
「あら、かわいい赤ちゃんね。今、何ヵ月?」
なんていう質問である。

しかし、妻が正直に、
「まだ3ヵ月足らずなんですよ」
と答えると、相手のお母さんは必ず一瞬呼吸が止まるそうだ。見た目の大きさからみん な「6ヵ月」ぐらいの答えを想定して質問しているらしい。あまりにもそういう屈辱的 一時停止状況が続いたものだから、妻もさすがに近ごろでは、
「まだ3ヵ月なんですよ。大きいですよね」
と、先に『うちの子はデカいのだ。そんなことはわかっているのだ』ということを相手 に伝えるワザを覚えた。すると相手も、
「そうですよねぇ、大きいですよねぇ」
といった受け答えが出来て、その後の会話もスムーズに流れるということだ。

詩央が生まれた時は3066gという究めて普通の体重であった。生まれて2日目に僕 がだっこしている写真を見ると、詩央の手首のあたりと僕の親指がほとんど同じくらい の太さである。一つ間違えばすぐにでも「ポキッ」と壊れてしまいそうな、危うげな存 在であった。

妻は産後5日間入院していた。産んだその日には早くもソロリソロリと歩けるくらいに 、詩央は母の身体を気遣って生まれてきた。そして入院中の妻はよくこんな事を言って いた。

「午前中にロビーにいると1ヵ月検診に来た子たちをたくさん見るんだけど、みんな豚 みたいにブクブク太ってんのよ。話を聞いてるとみんなミルクと混合で育ててるのよね 。私はあんなデブにしたくないから絶対母乳だけで育てるのよ!」

そして1ヵ月後、検診に来た子供達の中でうちの子がダントツの巨大ベビーだったので ある。僕も妻もそれまでは自分の子供を基準にものを考えていたから、その日のロビー に集っていた赤ちゃんはみんな退院していく新生児だと思っていて、妻などは詩央を抱 き抱えながら、
「ホラ、おまえも1ヵ月前まではこんなに小さかったんだよぉ」
などと堂々と言ってのけていたのだ。ところが実際はみんな1ヵ月健診に訪れた赤ちゃ ん達だったのである。しかもその1ヵ月検診では「母乳だけで育てている」ということ を看護婦さんに見事に疑われてしまい、ようやく我が子のデカさを認識したのであった。




妻は本当に忠実に母乳だけで詩央を育てていた。夜中の2時、3時であろうと、詩央が 「乳くれ〜、ピエ〜ン」と泣き出すと、妻は眠い目をこすりながらむっくりと起き上が り乳を与えていた。さすがにこれでは妻の身体が持たんと思った僕は、夜中は調乳ポッ トでミルクを作ってとーちゃんが与えるようにしようと提案し、さっそくピジョンの「 水から6分」というマシーンを導入してその時に備えたのである。

しかし、結局妻は「母乳だけで育てたい」という意向を曲げず、「ミルクをあげてもい いんじゃないか」という僕と閣内不一致になり、育児検討委員会で証人喚問という事態 に発展しそうになったのであるが、土壇場で僕が「ちゃんと昼寝して体を休める」こと を条件に、母乳一本化政策に同意したため、解散・総選挙は免れたのであった。人それ ぞれ体質の問題や生活習慣の問題が異なるから一概に「母乳だけで育てるのだ」という 方針が唯一絶対の正しい道とは言えないのであるが、やはり母乳には母乳の大いなるメ リットがある。

例えば免疫グロブリンが含まれているので感染症にかかりにくいとか母親の子宮の回復 が早まるといったことである。うちの場合は、妊娠中から僕が妊娠線予防マッサージと 母乳マッサージを欠かさなかったこともあり、妊娠線もまったくないし、母乳も詩央が むせかえるほどたくさん出ている。

ただ梅津家においては難しい話はさておき、ミルク混合の赤ちゃんのように太らせたく ないという妻の単純な信念で母乳だけの育児を試みたわけであるが、結果として1ヵ月 健診の時には体重5362gになっていた。「まあ、母乳の赤ちゃんはハイハイするよう になったら、体が締まってくるわよ」などと看護婦さんに慰められたりもしたが、育児 雑誌の付録に1ヵ月で5200gになった女の子も紹介されているので全然気にしていな いのだ。

1ヵ月健診の時、あまりの詩央のデカさに看護婦さんが、
「お風呂あがりは湯冷ましを与えるようにして、ちょっと母乳抑えるようにしてみたら」 とアドバイスしてくれたのだが、うちの小僧は生意気にも哺乳瓶からは絶対にものを飲 もうとしないのである。飲ませようとすればするほど、

「バカヤロ〜ッ!こんなもんからものが飲めるか!ボケエッ」と言わんばかりに泣き叫 ぶのでついに哺乳瓶はわが家で無用のものとなってしまった。その後果汁を与えるよう になったときも哺乳瓶からは絶対に飲まず、おかげでうちの子はすでにスプーンでもの を口に入れることに慣れてしまっている。

結局ギネスブックに出てきちゃうような超ド級のデカベビーにさえならなければいいか 、ということに話が落ち着き、詩央の成長は天に任せることにした。健康で丈夫に育っ てくれれば、親としてはそれ以上の幸せはないのである。

ただこれはツラいと思うのは、詩央の巨大化が平均以上のスピードで進んでしまったた めに、僕も妻も完全に腰をやられてしまい、あやすためにだっこをしているのもキビし 〜状況になってしまったことである。

書き忘れていて思い出したことがひとつ。日本には子供が生まれて100日目に『お食 い初め』という儀式を行う習慣がある。子供が一生食べるのに困らないようにという願 いを込めて、きれいな服を着させ、御膳にゴハンやら鯛やらを並べ食べる真似事をさせ るというものだ。わが家の場合はとりあえず僕が会社の帰りにお寿司と鯛を買ってきて 、生まれて初めて鯛をさばいた。うろこを取ったり内臓を取ったりするのに四苦八苦し てしまい、詩央の『お食い初め』というより僕の『さばき初め』になってしまった。鯛 をほぐして詩央の口に持っていくと、詩央は顔をしかめて「こんなまずいもの食わせん な!」と訴えた。高級な魚よりもまだまだかーちゃんのおっぱいの方がご馳走のようで ある。

                               (1997.10.4)

このページについてのご意見ご感想はこちらjohnny@ra2.so-net.or.jpまで