小僧物語・第5話

         〜受けるべきか?避けるべきか?予防接種の一考察

 さる1997年10月3日、詩央の体に生まれて初めて病原菌が入り込んだ。それも親が 意図的に医者に投与させたのである。なんていう風に書くとかなりショッキングな印象 を与えると思うが、早い話が予防接種を受けさせたのである。

予防接種というのは、ある病気になるのを防ぐための薬だと思っている人がいるかもし れないが、その正体はつまりある病気の病原菌そのものなんだぜ。つまり、自分の意思 で予防接種を受けるかどうか決められない赤ちゃんに変わって、親がきちんと予防接種 について勉強して判断してやらないととんでもない事故につながりかねないということ だ。うーむ、今回はいつもとタッチが全然違うぞ。真面目な雰囲気が漂いまくる書き出 しだな。

10月3日に詩央に受けさせたのは、ポリオの予防接種である。ポリオというのは「急 性灰白髄炎」のことで、一般に「小児麻痺」と呼ばれている。1960年に猛威をふる い、日本のお母さんたちが運動を起こして旧ソ連から生ワクチンを輸入することに消極 的だった厚生省の腰をあげさせた。このワクチンの効果は抜群で、ここ数年は患者数ゼ ロとなっているが、接種率が下がればまた流行の恐れがあるそうだ。

生ワクチンというのは、病気を起こさない程度に弱めた菌を使っている。そしてその菌 は体内で増殖するので、予防するはずの病気そのものにかかってしまったり、似たよう な症状を起こすこともある。またそのワクチンの菌が病原性を回復してしまった場合に 、接種した子からしてない子に感染する可能性もあるのでポリオは地域ごとに集団で接 種することになっている。ただしポリオワクチンによる副反応・副作用は100万人に 一例程度で極めて少ない。ということでポリオの流行を防ぐことに貢献するため、うち の場合は接種することに決めた。

10月から僕は朝の番組の担当になったのでその日は早々に帰宅して、妻と詩央を車に 乗せて接種会場に向かった。受け付け開始時間よりだいぶ早めに着いたのだが、すでに たくさんの子供とかーちゃん達が集まっていた。夫婦そろって登場してるのはうちぐら いなものかと思っていたら、もう二組いた。ポリオの他にBCGの予防接種も地域ごとに 集団で行われるのだが、我が地域では全部平日に予定されている。普通の父親なら付き 添うことはかなり難しい。父と子のつながりというのはそういうところでも深まること を許されていないような感じだ。

受け付け前に体温計で体温を計り、用紙に要事項を記入して受付に提出する。この時 点で受付の前には長蛇の列が出来ていて、早くも「待つ並ぶ耐える忍ぶ」の日本人的行 動形態が完成されつつあった。そうして詩央は僕にだっこされながら「フニフニ〜」と 眠ってしまったのである。

次に彼が目を覚ましたときはすでに上半身を裸に剥かれた状態で、医者に無理やり口を こじ開けられて予備検診を受けるはめになっていた。このときにやや「ウニャァ」とい う表情から泣きの体制に入りそうになったものの、大事には至らず、ようやくポリオワ クチンの御前に進み出でたのであった。まあ、ポリオの場合は注射ではなくスポイトか ら飲ませるので会場も修羅場と化す事もなく、親としても罪の意識にとらわれることも 少ない。しかし繰り返すが、やはり病気の菌を子供に与えるのだという緊張感からは解 放されることはない。

「は〜い、上手に飲めるかなァ〜」

などと優しい口調で語りかけながらスポイトを手に持った女の人が近づいて来た。そし てあっという間にその中から怪しげな液体を詩央の口の中に絞り出した。その瞬間の詩 央の顔が、初めて果汁を与えた時と同じように、

「なんだよ、このマズイ飲みもんはよぉ」

という、苦虫を噛みつぶしたかのような表情になった。もしかすると舌で外に押し出し てしまうかもと思ったが、なんとか無事ゴクンと飲み込んでくれた。

その日の夜、

「ポリオ菌が脳にまわったか!」

なんていう冗談が飛び出すくらい、いつも以上に元気にキャッキャッと笑いまくる詩央 を見て、初めての予防接種も無事に終わったなと思ったのである。

しかし、本当に悩むのはこれからなのだ。

というのもポリオの他にもBCGやDPT三種混合(ジフテリア、破傷風、百日咳)、日本脳 炎、はしか、おたふくかぜ、水ぼうそうなど、この国には厚生省・医者・製薬メーカー が「おススメしますよ」と口を揃える予防接種がワンサと待ち構えているのである。こ の、厚生省・医者・製薬メーカーのおススメで思い出されるのは、薬害エイズ事件です ね。したがってこの三者に全面的な信頼を寄せるということが、僕にはどうしてもでき ないわけですね。しかもあくまで「おススメ」であって「義務」ではないから、もし何 かあった時に責任はすべて親に降りかかってくる。だから予防接種の書類には親の同意 サインを書き入れる欄がある、と僕は考えている。




病気にかかるリスクと予防接種のリスクというのは簡単に天秤ではかることは出来ない のだが、少なくとも「まわりがみんなやってるからウチもやっておきましょ」という考 え方ではなく、「これこれこういう考えでうちの子にはこの予防接種は受けさせる」あ るいは「受けさせない」という判断をしていかないと、何かあったときにどこにも何も 言えなくなってしまうと思うのだ。そりゃあもし何かがあったらやっぱりそれはそれで 親はどうあっても自分を責めることになるとは思うけど、なにも考えずにそうなったと きと、ちゃんと考えたうえでなってしまったときとではやはり責め方というか怒りの持 って行き場が違うと思うのだ。それに病気にかかるリスクとはいうものの、現代の医学 ではすでに致命的にはなりえないような病気の予防接種までする必要があるだろうか、 なんてことも考えてしまうわけですね。

この予防接種の問題がやっかいなのは、専門家や医者の間でも見解がわかれていること だ。

「何がなんでも予防接種はした方がいいのだ!感染症を防ぐのは国民の義務であり、予 防接種を勧めるのは医者の義務なのだ!」

という人もいれば、

「ワクチンなんてそもそも不自然なものだから、打たなくてもいいんじゃないの」とい う人もいる。たった一つの正解というのが今のところないから、それぞれが情報を集め て自分達で判断していかなければならないのだ。しかしそれぞれの判断というものを受 け入れる体質が日本の社会にはない。

僕はポリオ以外には破傷風の予防接種だけで十分じゃないかと思っているのだが、破傷 風のワクチンを単品で扱っている医療機関は少なく、破傷風を受けるにはDPT三種混合 もしくは二種混合でもれなく他の病気の予防接種もついてきますというのを受けなくて はならないケースが多い。三種混合の中の百日咳のワクチンというのが強烈な副作用・ 副反応を持っているので二種混合を勧める医者もいるが、ついに二種混合でも死亡事故 が起きてしまったので問題はさらにやっかいになっている。それに予防接種を受けさせ なかった親に対する医者や保健所の態度ってそうとうイヤミらしい。

まあ、滅多なことは言えないのだけれど、予防接種が盛んに行われるということは、製 薬メーカーにとっては大変喜ばしい儲け話しであることには変わりはない。そこから想 像される世界というのは、僕が書き示すまでもないでしょう。

ともあれ、子供は親を選べないが、親は予防接種を選べる。
非常に真面目な話を展開してきたが、これもあくまで考え方のひとつに過ぎないので、 みなさんがどうするのかはみなさんでご判断を。
                               (1997.10.5)

(参考文献=ジャパンマシニスト社『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』No.1)

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