小僧物語・第6話

     〜くさい、きたない、きつい!子育ては3K阿鼻叫喚地獄〜

母乳だけで育てている新生児のうんこというのは真っ黄色でなにやらあやしげな粒状のものが 混在している。まるで粒入りマスタードのようである。そういえば最近粒入りマスタードを食 することがなくなったが、意識の底で「粒入りマスタード=赤ちゃんのうんこ」という図式が 完成しているのかもしれない。

「かわいい赤ちゃんのうんちだもの。クサイとか汚いなんて思わないわ!」

なんていう向きもあろうが、はっきりいってクサイ。おむつを替えるときに間違って手にでも つこうものなら、

「うわっ、テメー、とーちゃんの手にうんこつけやがったな、このヤローッ!」

と叫ぶことになる。それでもうんこをするたびに、

「はーい、おとーちゃんがおむつ替えてあげましょーねぇ」

などとベロベロ親バカおやじと化して、いそいそとお尻ナップなど取り出したりするのだから不 思議なものだ。

大人にとってうんこの色が健康のバロメーターであるのと同じく、赤ちゃんのうんこも栄養の 状態や体の具合によって色が変わってくる。詩央の場合は目下のところ健康そのものというう んこしかしていないが、育児本には「赤ちゃんのうんち図鑑」と称して様々なバリエーション のうんこが写真入りで紹介されている。その中に『白色便性下痢症の便』という、米のとぎ汁 状の真っ白いうんこが載っている。ウイルスの感染が原因で、風邪と下痢の症状が出る病気だ そうだ。

「うわー、こんな色のうんこしちゃう奴もいるのか!」

とその写真を見ながら言ってはみたが、実は僕は赤ちゃんの頃『小児コレラ』という病気にか かって真っ白いうんこを出したことがあるのだ。どうだまいったか。その『小児コレラ』が『 白色便性下痢症』と同じものかどうかは調べられなかった。

さて、僕が赤ちゃんうんこの様々なバリエーションの写真に感心していると妻がにわかに得意 げな顔になり、

「甘い甘い。赤ちゃんのうんちの最高傑作はなんと言っても胎便よ!」

と言った。

胎便と言うのは、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる間に溜めていた便で、生まれてから体 外に排出するものだ。まれに胎内で胎便を出してそれを飲み込んでしまい、生まれてから肺の 機能に問題を生じるケースもあるらしい。色は緑と書いてあるが、妻は「詩央のは黒だった」 と言い張っている。色が変わっているだけなら別にどうとも思わないのだが、詩央の胎便を目 撃した妻の証言によると、お尻の穴から黒い風船が『プ〜ッ』と膨らむようにして出てきたそ うなのだ。出産後体力を使い果たしてグッタリしていた妻もその様子を見てようやく心から笑 えたそうである。一方の僕はそんなファンキーな現場を見逃したのかと思うと悔しくて悔しく てたまらない。生放送のレギュラーを抱えていた僕は詩央誕生の瞬間、会社に向かう千代田線 の電車の中だったのだ。当日のことはまた改めて書くつもりだが、出産に立ち合おうかという 男性諸氏には是非ビデオで胎便の現場をスクープすることをお勧めする。




退院して最初の1ヵ月ぐらいは、詩央は一日中うんこをたれていた。人一倍母乳を飲む詩央は 人一倍のうんこを排出していたのだ。

「これがホントのクソぼーずだ」

などと戯れ言をぬかしつつ、実にけなげに妻と二人で一日に何度も何度もおむつを替えていた 。僕も一日に二回以上はうんこをする便秘知らずの男なので、こんなところも親からの遺伝が 作用するのかと思ったりもしたが、生まれたばかりの赤ちゃんというのはそういうものらしい。

ところが2ヵ月近くなったころから徐々にうんこの回数が減ってきて、3ヵ月を過ぎた現在は、 ついに3〜5日に一回というペースになってしまった。便秘といえばまあ便秘とも言えるペー スかもしれないが、特に固いうんこが出るわけでもないし、食欲もあるし、出すときは一気に ブハッと気持ちよく出すのでそんなに心配はしていない。

うんこの頻度が少なくなるということは、当然いざ出す時の量が増えるということだ。

「そういえばここ2、3日うんこしてないな。そろそろかな」

なんていう時、今までキャハキャハ声をあげて活発に動いていた詩央が、突然一点をきょとん と見つめておとなしくなることがある。なにかに集中して他のことに一切気持ちが向かなくな ったような状態で、詩央の沈黙が続く。

「なんだ、なんだ」

と怪訝に思っていると、次の瞬間、詩央のお尻のほうから、

「ボンッ!」

という爆音が響き渡り、しばらくするとほのかに異臭が漂いはじめるのだ。

この「ボンッ」の場合はうんこを一気に排出したときのサウンドなわけだが、やや時間をかけ るときは、

「ゴボゴボゴボッ!」

と、詰まった排水口を修理して久しぶりに流れ始めたときのような音を立てる。いずれにして もそのあとおむつを外してみると、大量の粒入りマスタードがベッチョリと詩央のお尻とおむ つに付着しているわけだ。

そうなると勿論とーちゃん、もしくはかーちゃんがおむつを取り替えることになるのだが、そ の時の詩央の何とも言えないスッキリサッパリとした解放感に包まれた表情を見ると、

「赤ちゃんといえども、溜まっていたものを一気に出すと気持ちいいんだなぁ」



と、妙な感心の仕方をするのであった。

ところでうんこを何日かためるようになってから、詩央の屁が異常に臭くなったという恐るべ き事実がある。しかもこちらはうんこと違って、毎日何回もところ構わず撒き散らすのである 。たしかに大人でもうんこがたまってる時の屁は臭いのだから理屈はわかるのだが、

「おまえ、こんなにかわいい顔して臭い屁すんな!」

と文句の一つも言いたくなるのだ。

出すもの関係で言うともう一つ、乳吐きがある。赤ちゃんがおっぱいを飲み終わったら、乳吐 き予防のため抱え上げて背中をとんとんと叩きゲップをさせないといけない。しかし赤ちゃん の胃というのは大人の胃のように入り口がくびれているわけでなく直通式のとっくり型なので 、飲みすぎたり体の位置が変わったりしたはずみで戻してしまうことが多い。しばらく胃の中 に収まっていた乳が戻ってくると、ややヨーグルト化していて、酸っぱい臭いが立ちこめるの である。

話は変わってとーちゃんである僕は、にんにくを大量に摂取するとにわかに胃腸の働きが活発 になり、その日のうちに何発もの屁を放つ。しかも強烈なにんにくのパフュームが漂うやつだ 。

九月初旬のとある日、僕はなんとなく体の疲れが抜けないので、醤油に漬け込んでおいたにん にくをバターで焼いて食べた。しかも7個から8個くらい一気に食べてしまった。それから2 時間ほどして案の定放屁が始まった。

一方の詩央は、僕がにんにくを食べ終わった後しばらくして妻のおっぱいをたっぷりと飲んで いた。僕が放屁状態に入るのと時を同じくして、詩央はヨーグルト化したゲロを吐きつつ、ブ リブリとうんこ臭い屁をたれていた。

そうしてわが家のリビングルームは、とーちゃんのにんにく屁の臭いならびに詩央のうんこ屁 の臭いとヨーグルトゲロの酸っぱい香りがグチャグチャに混ざり合う壮絶な異臭悪臭阿鼻叫喚 地獄となったのである。妻が涙を流しながらベランダに避難したことは言うまでもない。

育児中ににんにくは禁物である。

                               (1997.10.10)

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