小僧物語・第7話
〜くつろぎの入浴タイムも緊張感にあふれるのだ!〜
赤ん坊を風呂に入れるというのは、初心者にとって「興奮→困惑→断念→絶望」の 世界である。僕にとっても世紀末的恐怖との戦いであった。妻は入院中に看護婦さん から入浴のさせかたのレクチャーを受けていた。初めての時はやはり怖くて仕方がな かったそうだが、2回目で慣れたという。退院してきてまず妻が息子を風呂に入れて いるところを見ていた。
「こういうふうにやるのよ」
と、妻は着替えやバスタオルを用意してから息子をスッ裸にした。
次にヒョイッと息子を持ち上げて自分の掌全体で彼の首根っこから肩口にかけてを支えつつ、静かにベビーバスに入れた。
ガーゼのハンカチを使って顔を拭いた後は石鹸を手につけつつ、髪の毛から腕、腹、股間、足といった順番で次々と磨きあげていった。そして次の瞬間、妻は息子をくるりとひっくり返して背中とお尻を洗い始めたのである。
ここに至って僕は、
「俺がこいつを風呂に入れたら、こいつは死んでしまうに違いない」
と確信した。見るからにちっちゃくてすぐに壊れてしまいそうな詩央を、そんなふうに『片手ネックブリーカー的逆蛙掛け落とし』のように扱ったら本当に壊れてしまいそうな気がした。

しかし可愛い我が子を自分で風呂に入れたい!という願望もあれば、一日中家にいて息子の面倒を見なくてはいけない妻に入浴まで任せるのは偲び難いという気持ちもあって、とにかく次の日に『栄光の第一回頑張れとーちゃん!一人で赤ん坊を風呂に入れよう大会』に臨んだのであった。
初めて丸裸の詩央を抱いてみると、その小ささと脆さがダイレクトに腕から伝わってきて、早くもくじけそうになった。しかもその頃は一日に何度もうんこをたれていた時期なので、おむつをはずすとそこにはこがね色のワンダーランドが展開されていた。かつて週末の行楽情報番組を担当していたときに、どこかに健康にいい『ウコン風呂』があると聞いたが、詩央をそのまま風呂に入れると『うんこ風呂』になってしまうので、とりあえずおしりナップでうんこを拭きとるところから作業が始まったのだ。

妻がしていたように左手の手のひらで詩央の肩口から首にかけて支えようとするのだが、どうにもこうにも安定が悪い。詩央がちょっとでも体を動かそうものなら、たちまち水没して『ジャック・マイヨール養成スパルタ教育』になりそうな気配である。陰でこっそりと見ていた妻が、
「タオルを体にかけてあげると安心してあまり暴れなくなるよ」
と教えてくれた。さっそくやってみると、なるほど確かに手をバタバタさせることがなくなって、こちらにも余裕が出てきた。あれこれ試してみると子供の首を自分の左の肘と手首の中間くらいに乗せて、そのまま左手で子供の左腕をつかんでしまうのが一番安定がよい。ただしこの場合、子供の耳がやや無防備になるので、極力水が入らないように注意が必要である。

体を洗い始めると詩央も気持ちがいいらしく、「のほほん」とした表情を浮かべながらとーちゃんの方をじっと見ていた。しかし、その「のほほん」顔が俄に真剣味を帯びてきた。
「なんだなんだ!どこかひっかいちゃったのか?」
と思っていると、詩央の、僕の小指の先っちょほどの大きさしかないチンチンからおしっこがショーッと飛び出してきたのである。妻が言うには、病院で初めて風呂に入れた時も、看護婦さんに向かって勢いよくおしっこを放出したらしい。気持ちよさのあまりに「ゆるむ」ことがあるのかもしれない。
そしていよいよ恐怖の『片手ネックブリーカー的逆蛙掛け落とし』による詩央の裏返しを実行しなくてはいけなくなった。とーちゃんはためらった。まず左腕で詩央の体を起こすことさえ怖い。その上裏返すなんていうのは至難の技のように思われた。
そこで登場したとーちゃんの必殺技が、
「かーちゃん、ちょっと来てくれ〜い!!」
であった。

結局詩央の体がややしっかりしてくる1ヵ月くらいまでは、詩央の入浴は基本的にかーちゃんがひっくり返し役で、とーちゃんは補助的に体を洗ったり、頭を洗ったり、着替えを用意したり、バスタオルで体を拭いたりするという二人三脚状態が続いたのであった。
1ヵ月を過ぎて、風呂上がりには湯冷ましや果汁、麦茶などを与えるようになると、今度は哺乳瓶やスプーンを煮沸したうえで、飲み物の準備をする時間が必要になってくる。一番効率的なのはどちらかが風呂に入れてる間にどちらかが飲み物を用意するというやりかたである。そこで僕が風呂に専念することになったのだが、依然としてひっくり返す時にふとしたはずみで詩央の腕をねじってしまうのではないかという恐怖に包まれるのである。この恐怖は詩央がベビーバスを卒業するまで続いてしまった。

3ヵ月近くなると、詩央の驚異的な成長によってベビーバスが早くも手狭になってきた。風呂に入ると気持ちがいいようで、どうしても手や足を動かして体全体でヨロコビを表わそうとする。そうするとベビーバスの縁に頭や手をバシバシぶつけてあまりにも痛々しい状態になるのだ。
しかし、その頃にはもう首もだいぶしっかりとしてきたので、
「ここらでひとつ、とーちゃんと一緒に普通の風呂に入ってみっか」
ということになった。
「そうだ、そうすれば詩央をひっくり返す恐怖から解放されるではないか!」
と思ったのも束の間、僕は第2の恐怖に襲われることになる。すなわち、
「手が滑って風呂の中におっことしてしまいはしないだろうか!」
というものである。
大きい風呂に移って詩央も嬉しいらしく、目一杯手足を伸ばしてウキャウキャ動き回ろうとするのだ。
「おまえ、暴れたら落ちるぞ!」
と一応の注意は与えるのだが、もちろん日本語が通じる相手ではない。とーちゃんの心配をよそに詩央は暴れ続ける。とーちゃんは落とさないように両腕でがっしりと詩央を抱きかかえる。「なにを!こんにゃろ!」とばかりに詩央はさらに力を込めて手足を動かそうとする。とーちゃんますますうろたえる。詩央気にせず動きまくる。という堂々巡りが繰り広げられるのだ。
さらに自分でおすわりが出来ない状態では、とーちゃんが抱きかかえたまま詩央の髪や体を洗わなくてはならない。詩央の体やとーちゃんの手に石鹸がつくと、もう滑り落ちて下さいと言わんばかりの摩擦係数の減り方になる。にもかかわらず詩央はとーちゃんの腕の中で懸命に動こうと試みる。いずれ水没させるであろうことは間違いのないところである。
(1997.10.17)
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